2019 12/18
私の好きな中公新書3冊

広げる読書、落ち着く新書/山下泰平


原田多加司『屋根の日本史 職人が案内する古建築の魅力』
武田尚子『ミルクと日本人 近代社会の「元気の源」』 
竹沢尚一郎『社会とは何か システムからプロセスへ』

本棚のない家庭で私は育った。色々あってたまたま本好きの少年となったのだが、子供のお小遣いで買い集めるのだから、欲しいものを片っ端から手に入れることはできない。失敗すればかなりの痛手だ。自然に、絶対良いと決っている古典的名著の文庫本を選ぶようになった。

新書を積極的に読むようになったのは大学生の頃で、知識の幅を増やすため、分野別分類が被らないように新書を十冊選び、片っ端から読んでいった。面白いと感じた新書をガイドにして、未知の分野に進出するといった方法だ。これを私は勝手に「広げる読書」と呼んでいた。これがなかなか面白く、飽きたら別の本を手に取り、また元のものを読み......と、繰り返していると延々と読めてしまう。一度に一冊しか読めないことがまだるっこしく、自分が二人いればと思うことも度々だった。

今では明治あたりのデジタル化されたデータを中心に読みながら、忘れられた文化を探し出しては遊んでいる。興味が固定化してしまうのは心地が良い反面、一般的な価値観から大幅に離れていくような気分になる。興味を持つ人があまりいない分野であるから、自分の仮説が正しいのか間違っているのかも曖昧だ。こんなことを続けていると、だんだん不安になってくる。そういう時に頼りになるのが新書本で、私の興味とは全く別の分野を深く研究している人々に助けを求める。新書本には検証された知識が書かれているから、安心して身を委ねることができるのである。

先日もいくつか新書を読んだのだが、特に刺激を受けたのは次の三冊であった。
そういや屋根ってなんだろうと思い選んだのが『屋根の日本史』で、屋根についてはもちろんのこと、古今の職人たちを通じ、より良い仕事をなすための方法を知った。
明治時代の牛乳のことなら少し知ってるよと手に取った『ミルクと日本人』には、広告、牧場や福祉など牛乳と社会とのつながりが描かれていて、未知の牛乳世界が広がっていた。
社会について復習するかと読み進めた『社会とは何か』で、人類が社会を発見し成立させるまでの流れが頭の中で整理できた上に、社会が共同体を生み共同体が社会をより良くしていくさまに興奮させられた。

質の良い書籍から正しい知識を仕入れると、別の視点を得ることができる上に、清々しい気持になる。その勢いで自分の世界へと戻っていくと、同じ資料からまた新しい楽しみを見付けることができる。もっともそれは長持ちしない。なぜなら読書自体が面白すぎ焦りながら読んでしまうため、すぐに知識が頭から抜け落ちてしまうからだ。やがては元の自分になり、徐々にこんなものばかり読んでいて大丈夫なのかと不安になってくる。

そういう時には、落ち着くために再び新書本に手を伸ばす。実に非効率極まりない方法で、自分でもなにをやってるのだか分からないのだが、不定期でこういう遊びをやってみるのも悪くはない。そのために必要なのが信頼できる新書本で、中公新書は私の選択肢のひとつになっている。

山下泰平(やました・たいへい)

1977年生まれ、宮崎県出身。明治の娯楽物語や文化を調べて遊んでいる。大学時代に京都で古本屋をめぐるうち、馬鹿みたいな顔で手近にあるどうでもいい書籍を読み続ける技術を身に付ける。
明治大正の娯楽物語から健康法まで何でも読み続け、講談速記本をテキスト化したものをインターネットで公開するうち、2011~13年にスタジオジブリの月刊誌「熱風」に「忘れられた物語―講談速記本の発見」を連載。2015年12月に「朝日新聞デジタル」に「物語の中の真田一族」(上中下)を寄稿。2017年2月にブログ記事「舞姫の主人公をボコボコにする最高の小説の世界が明治41年に書かれていたので1万文字くらいかけて紹介する」がバズる。いまだに手近にあるどうでもいい書物を読み続けている。インターネットでは〈kotoriko〉名義でも活動。
山下泰平の趣味の方法 http://cocolog-nifty.hatenablog.com
note https://note.com/yamasitataihei
著書『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万文字くらいかけて紹介する本』(柏書房)