2019 06/28
私の好きな中公新書3冊

怪奇幻想小説の入門書/風間賢二

廣野由美子『批評理論入門 『フランケンシュタイン』解剖講義』
平賀英一郎『吸血鬼伝承 「生ける死体」の民俗学』
堀啓子『日本ミステリー小説史 黒岩涙香から松本清張へ』

怪奇幻想小説に関心のある読者向けの3冊。これらは格好の入門書であり、基本図書である。ことに文学・文化を専攻する学生にぜひ手にとってもらいたい。

近代が生み出したポップな三大モンスターといえば、メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』とブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』、そしてハリウッド映画が創造した『狼男』だ。わが国の若い人たちには、これら三大怪物は、藤子不二雄『怪物くん』の家来たちとしておなじみだろう。『批評理論入門』は、『フランケンシュタイン』神話の源泉である同タイトル作品を題材に創作技法と読解の方法をわかりやすく解説した優れもの。「小説って、暇つぶしの娯楽でしょ?」としか考えていない学生があまりにも多い昨今、まあ、普通はそれでもけっこうなのだが、まがりなりにも文学部に籍を置いているのであれば、本書を一読して小説の真の奥深さと意義に開眼してほしい。

『吸血鬼伝承』は小説についてというより副題にあるように民俗学の観点から、しかも吸血鬼の本場と称すべき東欧諸国を中心にさまざまな伝説や俗信を紹介しながら、その恐怖の現象を読み解いている。吸血鬼(集合名詞)のことをドラキュラ(固有名詞)と称すると誤解している、あるいはヴァンパイアといえば、お耽美かつ退廃的なイケメン青年をイメージしてしまう(映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』や『トワイライト』の影響)人が圧倒的な今日の状況にガツンと一撃をくらわす一冊。ちなみに狼男=人狼に関して、あるいは現在トレンドのゾンビ=生ける屍について知りたい読者にも参考になる。

怪奇幻想小説の母胎は18世紀英国で興ったゴシック・ロマンスと言われているが、ミステリー小説の源泉もそれに求められる。したがって、怪奇幻想小説を愛好していると、必然的にもミステリー小説と出会うことになる(たとえばエドガー・アラン・ポーの諸作品)。とりわけ我が国の場合、今日の怪奇幻想小説の温床となったのが、大正時代に創刊された国産初の探偵小説専門誌(厳密にいえば"専門誌"ではないが)『新青年』である。『日本ミステリー小説史』は、この伝説の雑誌(江戸川乱歩や横溝正史、夢野久作、小栗虫太郎などが輩出)を分水嶺として、その水脈を江戸時代から現代まで丁寧にたどっており、きわめて有益だ。裏近代・現代日本文学史としてもお薦め。おもしろいのは、「ちょっとブレイク」として紹介される数多くのトリビア。たとえば、刑事はどうしてデカと呼ばれるのか? 『金色夜叉』のネタ本は? などなど。答えを知りたい向きは、ぜひ一読を。

風間賢二(かざま・けんじ)

1953年、東京生まれ。幻想文学研究家、翻訳家。『ホラー小説大全』(双葉文庫、日本推理作家協会賞)、『スティーヴン・キング』(筑摩書房)、『ジャンク・フィクション・ワールド』(新書館)ほか。2019年に「S・キング論集成」を刊行予定。訳書に、キャサリン・スプーナー『コンテンポラリー・ゴシック』(水声社)、ロバート・カークマン『ウォーキング・デッド』シリーズ(ヴィレッジブックス)、スティーヴン・キング『ダーク・タワー』シリーズ(角川文庫)など多数。