2019 06/11
私の好きな中公新書3冊

学術と現実の橋渡しをしてくれる新書/中野円佳

小笠原祐子『OLたちの〈レジスタンス〉 サラリーマンとOLのパワーゲーム』
橘木俊詔・迫田さやか『夫婦格差社会 二極化する結婚のかたち』
澁谷智子『ヤングケアラー―介護を担う子ども・若者の現実』

中公新書は、いつも学術の世界と現実の世界を結んでくれる。

ジャーナリストとしてモノを書きながら東京大学教育学研究科の博士課程にいる私にとって、アカデミズムと現実の橋渡しをするいわばロールモデルのような存在になった本が、小笠原祐子さんの『OLたちの〈レジスタンス〉』だ。この本は小笠原さんがシカゴ大学大学院に提出した博士論文をもとにしており、一見職場のおもしろおかしいやり取りにも見えそうなバレンタインの攻防などをOLたちの置かれた立場から構造的に分析したもの。1998年出版だが、その時代の職場の様相を切り取った描写としても、今も続く女性が劣位に置かれている状況の分析装置としても、本著は色あせない。

今月PHP新書から出る拙著『なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造』でも参考にさせてもらったのが、橘木俊詔さん・迫田さやかさんの『夫婦格差社会』。従来言われてきた「夫が高収入であれば妻が働かない」という「ダグラス=有沢の第二法則」が今や成立しないことを示したうえで、同類婚の傾向の強さを立証し、パワーカップルとウィークカップルに二極化している様相を分析している。社会調査の分析では「大卒・大学院卒」が高学歴にひとまとめにされてしまうことも多いが、この本では大学ランクにまで踏み込んだ分析で、いかに同類婚が進んでいるかを実感に近い形で生々しく示す。

最近読ませてもらった澁谷智子さんによる『ヤングケアラー』は、アカデミックな調査分析に触れながら、現場で実際にヤングケアラーへの認識や支援が足りていないことに対する焦燥と強い使命感のようなものを感じさせる1冊だ。澁谷さんの書いたものは論文も読んだことがあるが、新書はより実践的な問題への取り組み方を提示している。アカデミックな問題意識を実社会への施策に昇華させるような役割を果たしているのではないだろうか。

ときに、職場や家族内、社会で起こっている現象については、学術研究の世界では議論がさかんなのにそれが一般に知られていなかったり、政策につながっていなかったりする。現実をビビッドに描いた研究が新書になり、新書が研究を世の中に届けていく。こうした循環の真ん中に本がある。スマホで短い記事を読む時代でも、この役割は失われることはないだろうと思う。

中野円佳(なかの・まどか)

ジャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。
1984年、東京都生まれ。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。金融機関を中心とする大企業の財務や経営、厚生労働政策などを担当。14年、育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に提出した修士論文を『「育休世代」のジレンマ』(光文社新書)として出版。15年、新聞社を退社し、東洋経済オンライン、Yahoo!ニュース個人などで発信をはじめる。現在はシンガポール在住、2児の母。他の著書に『上司のいじりが許せない』(講談社現代新書)、『なぜ共働きも専業もしんどいのか』(PHP新書)など。