2019 01/10
私の好きな中公新書3冊

色褪せない本のつくりかた/川崎昌平

木下是雄『理科系の作文技術』
加藤秀俊『人間関係 理解と誤解』
石川美子『ロラン・バルト 言語を愛し恐れつづけた批評家』

異論もあろうが、私の感じる中公新書の美点は、何よりその腰の据え方にある。どっしりと落ち着いている。時流に乗り遅れまいとする焦りや時代に阿ろうとする慌ただしさと無縁である。ひとりの編集者として、その姿勢は見習いたいと常々思う。焦燥に追い立てられて編集する本は、たいてい碌なことにならないからだ。

だからか、私が好んで読む中公新書は、なかなか古びない。書棚にあって、10年以上の歳月を経てもなお、新鮮な気持ちで読み返せる。新たな発見をもたらしてくれもする。焦ってつくっていないがゆえに、息の長い本となるのだろう。他社の新書と比して、ロングセラーとなったタイトルが多いのも、そうした要素が原因となっているのだと思う。

その観点から「私の好きな中公新書」を考えてみた。高校時代に手にして以来、いまだに読み返すのは木下是雄の『理科系の作文技術』。2016年に累計100万部突破し2018年には85版を数えるに至ったという、誰もが知る名著であるから、いまさら私ごときの解説は不要だろう。2001年の改版前のものも、改版後のものも持っている。探せばもう1冊ぐらい、携帯用か保存用のものが出てくるかもしれない。87ページ5行目にある「論文は読者に向けて書くべきもの」という一文は、私が著者としての生を諦めない限り、不滅の警句として輝き続けるに違いない。

加藤秀俊の『人間関係』も繰り返し読み返す1冊だ。こちらも2012年に76版を数えている超ロングセラー。50年以上前に書かれたものだが、私は古いと感じない。表層的なインターフェースの話題に終止する昨今のコミュニケーション論など吹き飛びそうな、骨太の視点がありがたい。Ⅲ節の「ことばと人間関係」などは、Twitterあたりでクダを巻いている、言葉を軽々しく発するだけの連中やそれらに振り回される人々に読みなさいと声を大にして紹介したいと感じる......いや、まずは私が目を皿にして読み返すべきか。

3冊目は石川美子の『ロラン・バルト』。大学時代に『表徴の帝国』を読んで心酔して以降、バルト信奉者となった私だが、市井の愛好家ほど厄介な手合もないもので、だいたいが視野狭窄、対象を俯瞰する気概も能力もなく、断片的に愛を大仰に語るばかり......。そんな風に自己批判していた私は、いつか(編集稼業が落ち着いて、作家として時間がつくれるようになったら)、きちんと整理・編集してバルトについて考えねばならないなと思っていた。そこに天佑として現れたのがこの名著である。

タイトルで誤解した人もあるかもわからないが、決してバルトの入門書ではない。丁寧にバルトの業績・軌跡を網羅しつつも、日本におけるバルトの権威である著者の分析が随所に光る。私風情では見落とすしかなかったいくつもの示唆をこの本から得た。特に『テクストの快楽』については「何遍読んだかわからない」などと愛読者を気取る私に、実は何も読めちゃいなかったのだと気付かせてくれたことに対してはこの場を借りて篤く御礼申し上げたい。

また、この本の最大の魅力は、バルトの思考していた「文学の未来」を語っているところにある。バルトの見ようとしていた世界を、21世紀の文学に織り込みたいと願う者にとっては、必携の教科書となるだろう。その意味では、2015年刊行の本書だが、紹介した前2冊のように、何度も、そしていつまでも開かれる、色褪せることのない本になるはずと私は確信している。

川崎昌平(かわさき・しょうへい)

1981年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。作家・編集者。東京工業大学他、非常勤講師。主な著書に『ネットカフェ難民』(幻冬舎)、『重版未定』(河出書房新社)、『はじめての批評』(フィルムアート社)、『労働者のための漫画の描き方教室』(春秋社)などがある。現在『ぽんぽこ書房小説玉石編集部』(「小説宝石」/光文社)、『書庫冒険譚』(「はるとあき」/春秋社)などを連載中。