2018 12/05
私の好きな中公新書3冊

著者の人柄がそれぞれの形であらわれる三冊/伊勢田哲治

内井惣七『空間の謎・時間の謎 宇宙の始まりに迫る物理学と哲学』
金森修『動物に魂はあるのか 生命を見つめる哲学』
伊藤和行『ガリレオ―望遠鏡が発見した宇宙』

日頃から、中公新書は手堅い情報源として重宝しているが、今回の依頼で「私の好きな」新書を挙げてほしいと言われてはたと困ってしまった。仕事で情報源として読む本は、「好き」な本とはやはりちょっと違うのではないか。それで考え直して浮かんだのがこの三冊である。

『空間の謎・時間の謎』はわたしの前任者であり恩師である著者が退職前に書かれた時空の哲学の解説書。退職時にわれわれの研究室にかなりの冊数を寄贈していかれたので、しばらく研究室訪問に来た学生へのおみやげとして活用させていただいた。それはともかくとして、本書は時空の哲学について日本語で読める数少ない書籍であり、とりわけ「関係説」と呼ばれる立場をこんなに丁寧に分かりやすく解説してある本は英語でも思いあたらない。しかし、本書をわたしの「好き」な本にしているのは、ライプニッツの一見奇妙に見える主張をあざやかに(わたしから見れば少々強引にも見えるやり方なのだが)読み替えて、現代の哲学・物理学・宇宙論などと接続する著者の手際であろう。そうしたフレッシュなライプニッツ解釈が随所にちりばめられることで、本書は他の誰にも書けない哲学書となっている。

『動物に魂はあるのか』は2016年に他界された著者の晩年の興味の一端を示す本である。動物倫理では、西洋の動物観の一つの流れとして動物は魂を持たないとか動物は機械だという考え方があり、それが動物への冷酷な扱いを正当化してきた、などと説明される。本書は動物の魂や意識について誰が何を言ってきたのかを丁寧にたどり、通俗的な説明がいかに話を単純化しているかを示す。動物機械論の代表者デカルトにも、時期によっては動物にある種の魂があることを認めるような側面があるし、18世紀なかばには動物機械論をめぐる論争は終焉を迎え、動物に魂を認める常識的発想が受け入れられる。他方、終章で披露される著者自身の動物観は、動物倫理の議論をある程度知る目で見ると、驚くほど素朴である。文献読解における細部へのこだわりと実践問題への素朴さが同居する本書は、生前に何度かお会いした著者本人の姿とも重なりあう。

『ガリレオ―望遠鏡が発見した宇宙』は京都大学文学研究科科学哲学科学史研究室の同僚の著書であるが、この機会に宣伝したい。著者が謙虚すぎるために、ちょっと見にはガリレオのありきたりな解説書に見えてしまうのだが、とてもそんな手軽な本ではない。本書の読みどころは『星界の報告』や『太陽黒点論』等の著作と実際の観察記録・手稿・書簡を比較し、その異同からガリレオの思考の流れを読み取って行く作業である。本書には著者の近年の研究の成果がつまっており、丁寧な文献考証という科学史の研究の一つの模範演技を示してもいる。そういう面での魅力にも目を向けながら読んでほしい一冊である。

伊勢田哲治(いせだ・てつじ)

1968年福岡県生まれ。1999年京都大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。2001年Ph.D.(University of Maryland)。名古屋大学情報文化学部講師・助教授、名古屋大学大学院情報科学研究科助教授・准教授を経て、京都大学大学院文学研究科准教授。
著書に『哲学思考トレーニング』(ちくま新書、2005年)、『倫理学的に考える』(勁草書房、2012年)、『科学哲学の源流をたどる』(ミネルヴァ書房、2018年)ほか多数