2018 11/26
私の好きな中公新書3冊

日本古代史、その魅力を伝えてくれる/遠藤みどり

森博達『日本書紀の謎を解く 述作者は誰か』
市大樹『飛鳥の木簡―古代史の新たな解明』
服藤早苗『平安朝の父と子 貴族と庶民の家と養育』

「好きな中公新書」と言われて、真っ先に思いついたのが『日本書紀の謎を解く』である。この本は、日本最初の正史である『日本書紀』を書いたのかは誰かという謎を、音韻学や訓詁学といった言語学の視点から解き明かしたものだ。

言語学というと何とも厳めしい感じがするが、本書ではさまざまな樹木がうっそうと生い茂る広大な森に、『日本書紀』をたとえる。そして、この森の探検に必要な道具として、方位磁針を「音韻学」、リボンを「訓詁学」になぞらえる。内容はかなり専門的でもあるが、この仕掛けによって、ミステリー小説のように、先へ先へと不思議と読み進めてしまう。しかも、最後には『日本書紀』の執筆者の個人名までをも特定する。

専門家のなかには異論もあるが、書名に違わない、謎解きの書として、最後まで読者の知的好奇心を満足させてくれる一冊だ。私は日本古代史を専門に研究しているが、本格的に研究を始めようとした学生時代にこの本と出会った。以来、『日本書紀』と格闘し続け、気づけばこの謎だらけの世界にどっぷり浸かってしまっている。

『飛鳥の木簡―古代史の新たな解明』は、近年相次いで出土している飛鳥時代の木簡の分析を通して、日本の古代国家形成の歴史を読み解いた作品だ。木簡は「発掘調査で出土した文字の書かれた木片」で、古代では珍しい新出の一次史料である。

これまで飛鳥時代の歴史については、『日本書紀』などの限られた文献史料しか残されていなかった。だが、木簡という新出史料の発見によって、文献史料だけでは分からなかった新たな史実が明らかとなり、より豊かな歴史像が構築できるようになった。

この本では、大化改新、中国・朝鮮半島との関係、藤原京造営など、日本古代のさまざまな問題について、オムニバス形式で論じている。歴史家が普段、どのように史料と向き合い、新たな歴史像の構築に挑んでいるのか。その舞台裏を垣間見ることができる。

『平安朝の父と子』は、『平安朝の母と子』『平安朝の女と男』に続く、著者の「歴史から現代の家族を考える」平安朝シリーズ三部作の完結篇である。

「家族」は社会生活の基盤であるが、その概念は時代や場所によって千差万別である。この本でも触れるように、「父母+子」を最小単位とし、父の権限が強い、いわゆる家父長制的「家」は、夫婦の同居がはじまる平安時代に、貴族層から生まれ、徐々に庶民へと広がっていった。

この本は、普遍的な「家族」の形などはなく、現在の家族観もまた歴史的に形成されたものだということを、あらためて教えてくれる。多様な家族の形がある現在、遠く離れた平安朝の家族のあり方から、新しい時代の新たな家族の形を考えてみるのも一興であろう。

遠藤みどり(えんどう・みどり)

1981年生まれ。福島県出身。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。現在、日本学術振興会特別研究員。著書に『日本古代の女帝と譲位』(塙書房、2015年。第11回女性史学賞受賞)。