2018 10/05
私の好きな中公新書3冊

マイナーな事物から歴史を見る面白さ/辻田真佐憲

長谷川公昭『ファシスト群像』 
渡辺裕『歌う国民 唱歌、校歌、うたごえ』
高田博行『ヒトラー演説 熱狂の真実』

「好きな中公新書は何か?」と問われると、古い本ではあるけれども、まずは『ファシスト群像』を挙げなければならない。ヒトラーやムッソリーニとほぼ同時代のファシストや右翼指導者たちを、これでもかとてんこ盛りした稀有の列伝だ。

フランスのシャルル・モラスやレオン・ドーデ、ベルギーのドグレル、オランダのムッセルト、ポルトガルのサラザール、ハンガリーのサーロシ、ルーマニアのコドレアーヌ、アメリカのペリーやクーン......。ウェブが未成熟だった時代に、私はこれらの名前を本書ではじめて知って、右翼思想にもこのような広がりがあったのかとじつに驚いた。

アクション・フランセーズ! アルハンゲル・ミカエル軍団! 帝国ファシスト同盟! 銀シャツ党! アメリカ・ファースト委員会! 明らかに奇妙な組織の名称も、一言一句、あるいは呪術のように心に刻まれ、あるいは雷鳴のように耳朶を打った。

有名な人物や事件を概説するのもよいが、マイナーな事物に注目して、そこから歴史を見返すのも意外性があって面白い。見知らぬ固有名詞の連続が、知的好奇心を大いに増進することもあるのである。

もう少し新しい本だと、『歌う国民』にたいへん刺激を受けた。本書は、唱歌、校歌、県歌、労働歌など、芸術的ではないとされ、近年までほとんど重視されなかった音楽作品を「コミュニティ・ソング」としてまとめる。そして、それらが近代社会で国民意識の形成などに大きな役割を果たしたと指摘する。見通しのよい快著だ。

音楽書にはしばしば、そこで論じられる曲を知らなければ内容の理解に支障をきたすがごとき、独特の閉鎖性がある。だが、本書にその心配はない。ソ連の国民音楽作りに影響された山田耕筰が、帰国して日本版の国民音楽に取り組んだ......などと、たびたび世界のメジャーな文脈に接続されるのも開放的で心地よい。軍歌や「君が代」はもちろん、昨今話題になった「愛国ソング」を考えるうえでも参考になる。

さらに近刊では、これで一冊ものしてしまったかという驚嘆と喝采とともに、『ヒトラー演説』を挙げておきたい。ヒトラーの演説をデータ化して(150万語!)、その変遷をたどった労作である。中公新書はナチ関連で良書を揃えるが、その伝統はいまも燦然と輝いている。

今日、ヒトラーの演説はウェブでいくらでも見聞きできるものの、それだけだと「天才演説家」のイメージがむしろ刷り込まれてしまうかもしれない。だが本書は、その演説手法がかならずしも天来のものではなく、また万能でもなかったことを説得的に示してくれる。ネット時代でも色褪せぬ、読書の醍醐味でなくてなんであろう。

辻田真佐憲(つじた・まさのり)

1984年、大阪府生まれ。作家、近現代史研究者。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、調査、著述、書評、インタビュー、社会時評などを幅広く手がけている。著書に『大本営発表』(幻冬舎新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『空気の検閲』(光文社新書)など多数。