2018 07/30
都市の「政治学的想像力」

(第20回)家族・住宅・都市

フォールスクリークという小さな入り江のフェリーから見たダウンタウンのビル群。好きな景色のひとつでした。

約2年前にバンクーバーに来たとき、住宅価格の高騰がいよいよ激しさを増していて、この深刻な社会問題への対処として課税などの手法や地方政府による住宅供給(の促進)が盛んに行われるようになっていました。課税などが徐々に効果を持つようになったのか、ものすごく高かった一戸建て価格が多少低減傾向に向かっています。他方で再開発を含めた大規模な住宅供給が行われているにもかかわらず、タウンハウスやコンドミニアムと呼ばれる、一般家庭が初めに購入するような集合住宅の価格は、依然過熱気味なのが現状のようです。

住宅価格が高いので、バンクーバーは好きだけど住み続けることはできない、という話はよく聞きます。カナダのライフスタイルにあったような、ある程度の広さのある住宅を求めると、市内は無理だから車で一時間以上かかる郊外に転居する人は多いと聞きますし、また後ろ髪ひかれつつカナダの他の都市に移るケースも珍しくないでしょう。この背景には、バンクーバーの物価や住宅価格が高い一方で、実はそこまで稼ぎのよい仕事が多くない現状があります。つまり、高騰する生活費を賄いきれないわけです。

そんな中で新たにバンクーバー市内にやってくるのは、生産性の高い、というか給与の高い仕事ということになります。最近だと、アメリカのアマゾンが、本社ではないものの技術部門の一部をバンクーバーに作るという話が出ています。他にも高付加価値の先端技術に関わる産業が進出するという話はあり、地方政府もそれを支援しています。ただ、これは稼ぎのよい仕事を作ることにはつながりますが、反対に言えば、そういった仕事に関わることができない既存の住民が、入れ替わりで、いわば追い出されてしまう側面もあるわけです。

お世話になったUBC(ブリティッシュコロンビア大学)の図書館。第13回では雪の処理についても取り上げました。

そういう先端企業が進出してくる原因の一つには、バンクーバーが非常に住みやすい都市だということがあります。気候は穏やかで、夏は涼しく冬はたいして雪が降らない(まあ雨は続きますが)、そして治安もよくて、そこまで過密ではないわけです。そして文化的に極めて多様で、それゆえに移動者に対して非常に寛容ということも重要でしょう。ある上院議員が、「ビジネスの本部(Business Headquarter)ではなく家族の拠点(Family Headquarter)としての魅力こそが重要だ」と言っているのを聞いたことがありますが、なかなか言い得て妙だと思ったものでした。

皮肉な話ですが、住みよい都市への人気が過熱して住宅価格が上がると、それまで住んでいた(そして住宅を所有していなかった)人たちが、その地を離れ、資産を持つ人や高付加価値産業で働く人と入れ替わるようになるかもしれません。しばしば批判される「ジェントリフィケーション」(都市の再開発により高級化が進み、居住者の階層なども変化すること)の過程にあるとも言えるでしょう。そのダイナミックな過程を生活者として観察できたのは研究者として幸運だったと思いつつ、短い間ですが慣れ親しんだバンクーバーには、このままでいて欲しいと思うような気持ちもあります。

この先を現地で見届けられないのは残念ですが、私の在外研究がこの8月で終わることと合わせて、20回にわたった当連載も今回で終了となります。お付き合いいただいた方々、どうもありがとうございました!

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、現在、神戸大学法学部教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書、サントリー学芸賞)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、『分裂と統合の日本政治』(千倉書房、大佛次郎論壇賞)、『新築がお好きですか?』(ミネルヴァ書房)。共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。