2018 04/16
私の好きな中公新書3冊

「遠い」人びとの営みが、いまを生きる私に直結する/松村圭一郎

菅原和孝『ブッシュマンとして生きる 原野で考えることばと身体』
桜井英治『贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ
藤原辰史『トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち

本棚を眺めると、中公新書は大学生のころに購入したものが多い。自分の専門が定まるまでに、いろんな分野を知る手がかりになってきた。比較的最近のもので印象に残っているのは、以下の3冊。

菅原和孝『ブッシュマンとして生きる』。私が専門とする文化人類学の名作だ。驚くほど多くの民族誌/理論書を書いてきた著者の研究のエッセンスが詰まった一冊。人類学の魅力のひとつは、日本ではまったく想像できないような社会が世界にはあると知ること。本書は、人類学者が読んでも、おもしろすぎて、悔しくなる。ブッシュマン、ずるい! 自分の子どもに「名なし」という名前をつける彼ら。その違いにクラクラしながら読み進めるうちに不思議と彼らの人間らしさに親近感を覚えはじめる。

地理的に遠い社会の話だけではなく、私たち自身の過去にも知らないことが多い。桜井英治『贈与の歴史学』は、人類学の重要なテーマでもある贈与について、日本の中世史がひもとかれる。まったく知らなかった日本の贈与の流儀、その経済行為との関係など、目から鱗の話ばかり。人類学の贈与論を深めるヒントがたくさんあり、ジャンルを超えた波及力をもつ一冊だ。

歴史は、現在に生きる私たちがなぜ、いまこんな暮らしをしているのか、現在を照らし出す鏡でもある。藤原辰史『トラクターの世界史』は、トラクターを軸に歴史の連続性の糸を紡ぎ出す名著。岡山が日本のトラクター生産の一大拠点だったという話は、岡山にいる私にとって目の前の風景がガラリと変わるような経験だった。岡山には古代の製鉄遺構が多く、金物師たちが暮らした集落がいまもある。トラクター生産の初期に、その金物師が部品の生産に関わったことを知り、古代の歴史と現代の私たちをつなぐ糸がはっきりと見えた。

地理的にも時間的にも遠い人びとの営みが、いまを生きる私に直結する。人類学も歴史学も、じつは同じ視座を共有していることを実感できる3冊だ。

松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)

1975年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。現在、岡山大学大学院社会文化科学研究科/文学部准教授。専門は文化人類学。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『ブックガイドシリーズ 基本の30冊 文化人類学』(人文書院)、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)がある。