2017 12/26
私の好きな中公新書3冊

研究の結晶に出会える/楠綾子

戸部良一『外務省革新派 世界新秩序の幻影』
大嶽秀夫『再軍備とナショナリズム 保守、リベラル、社会民主主義者の防衛観』
渡辺靖『文化と外交 パブリック・ディプロマシーの時代』

堅牢な論理構成と緻密な論証に支えられた研究の結晶に出会えるのが、中公新書の魅力だと思う。鮮やかな切り口で対象の本質を抉り出し、世界の広がりや知の奥行を感じさせてくれる。いつかこんな本を書いてみたいと秘かな憧れを抱かせるものも少なくない。

その一つが、白鳥敏夫を中心に外務省内の革新派に焦点を当てて1930年代以後の日本外交を再検証した『外務省革新派』である。満洲事変後の「世界史的大変動」のなかで、革新派が「皇道外交」を唱道し、戦争への流れに掉さす言動を展開したことはよく知られていよう。かれらが外務省の決定や行動を妨害する方向に作用する、ネガティヴな影響力をもちえたのはなぜなのか。本書は、かれらの力の最大の源泉は、満洲事変をきっかけに変調をきたした言語空間にあって、外交における理念や哲学を世論に訴えかける能力にあったという。革新派の主張が助長し、しばしばリードした世論が、やがて革新派を超えて過激化した結末は、あまりに重い。

対照的に、世論の支持を得ようとして得られなかったのが1950年代の再軍備論者たちであった。『再軍備とナショナリズム』(現在は『再軍備とナショナリズム――戦後日本の防衛観』として講談社学術文庫から再刊)は、当時の代表的な防衛論を分析し、その根底に潜む自由主義や社会民主主義の性格をあぶり出す。私のように1990年代に戦後日本外交の研究を始めた人は、再軍備過程を考える一助として必ず参照しているはずである。本書の関心が、戦後日本においては外交・安全保障問題がイデオロギー対立と連動し、政治勢力間の合意形成が不可能な問題へと硬直化する構造を明らかにすることにあるのは、冷戦末期という時代を反映しているだろうか。

日本の「正しい姿」の発信、普遍的な価値や理念の推進を基本方針に掲げる2010年代の日本外交は、このように外交をめぐる世論がイデオロギーに分断された時代とは隔世の感がある。グローバリゼーションの進む21世紀の国際政治においては、より多くのアクターの共感を得られる国家イメージや価値体系を構築する努力が不可欠で、人びとの「心と精神を勝ち取る」営みに日本も積極的に取り組んでいるのである。しかし、いかなる価値や理念を追求し、どのような「日本」の姿を伝え、何を達成しようとするのか。パブリック・ディプロマシーの作法や効用、問題点を抽出する『文化と外交』の議論を噛みしめたい。

楠綾子(くすのき・あやこ)

1973年生まれ。神戸大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。関西学院大学准教授を経て、2015年より国際日本文化研究センター准教授。専攻は日本政治外交史、安全保障論。著書に『吉田茂と安全保障政策の形成―日米の構想とその相互作用 1943~1952年』(ミネルヴァ書房、2009年)、『現代日本政治史1―占領から独立へ 1945~1952』(吉川弘文館、2013年)ほか
(top photo by Ryusuke KAMIYA)