2017 11/29
編集部だより

江戸川乱歩と横溝正史

いくつも付箋を立てながら読んだ『江戸川乱歩と横溝正史』。カバーも帯も秀逸。

 この本のタイトルを目にしておきながら、素通りすることはできなかった。中川右介著『江戸川乱歩と横溝正史』(集英社、2017年10月31日刊)である。

 横溝正史の小説は全部読んでいる。そもそも初めて読んだ大人向けの本は横溝作品だった。小学5年の冬のある日、「もう読んじゃったから」と言いながら叔母が手渡した、黒っぽくておどろおどろしいカバー絵の角川文庫。市川崑監督によって映画化もされたベストセラー『犬神家の一族』である。
 400ページもの分厚さには圧倒されたが、読み始めると意外なほどすらすら読めた。この先はどうなるのだろうという興味に突き動かされ、途中でやめることができない。物語の醍醐味を初めて知った。

 横溝正史は自分にとって相性抜群だったが、やがて江戸川乱歩も次々読んだ。2人の名前が並んだ本のタイトルをひと目見て、むさぼるように小説を読んだ少年時代の記憶が40年ぶりによみがえった。
 期待に違わず、『江戸川乱歩と横溝正史』は夢中になれる本だった。自分の無知をさらけ出すようだが、2人がこれほど濃密な間柄だったとは想像もしなかった。まさに、ライバルにして親友である(乱歩は横溝より8歳年長)。その個性は大きく異なるが、乱歩が70歳で亡くなるまで40年の長きにわたって深い関わりは続いた。
 本文中、2人の関係は「太陽と月」にたとえられている。いわく「乱歩が旺盛に書いている間、横溝は書かない。横溝が旺盛に書いていると、乱歩は沈黙する」。偶然が作用したとはいえ、なんとも不思議なコントラストではないか。

 そのうえ、編集者目線で読んでいて非常に興味を覚えるのは、一時期とはいえ、2人が雑誌の編集者だった点だ。横溝は『新青年』編集長として乱歩に『パノラマ島綺譚』と『陰獣』を書かせ、乱歩は『宝石』編集長として横溝に『悪魔の手毬唄』を書かせている。互いに産婆役を果たし、相手の傑作を世に送り出しているのだ。
 そして、著者の中川氏自身が編集者ということもあり、本書は1920年代から70年代までの出版興亡史という側面が色濃い。新潮社、平凡社、講談社、光文社、早川書房、角川書店......。さまざまな出版社が勃興し、編集者たちが活躍するが、消えた雑誌、消えた出版社も数多い。それら全部をひっくるめて、出版の世界だって十分ドラマチックじゃないか、と感じるのである。

 怪盗ルパンにあやかって『怪盗二十面相』と付けようとしたが、当時の少年雑誌の倫理規定で「盗」をタイトルに使えず、『怪人二十面相』になったことや、戦後最初の直木賞を選ぶ際、坂口安吾が横溝の『蝶々殺人事件』を絶賛とともに候補作に推挙し、直木賞を受賞する可能性もあったことなど、「そうだったのか!」と思うようなトリビアも満載。編集者ならずとも大いに楽しめ、決して損はしない快作ですぞ。(波)