2017 09/26
特別企画

特別寄稿・舞台や映画で見る斎王たち/榎村寛之

祈る斎王像(ⓒ斎宮歴史博物館/写真提供(公社)三重県観光連盟 https://www.kankomie.or.jp/)

飛鳥時代から鎌倉時代にかけて、伊勢神宮に仕える未婚の皇女がいました。天皇の代替わりごとに占いによって選ばれ、はるばる都から伊勢に渡り、斎宮と呼ばれる宮殿に暮らす。そのような斎王たちの祈りと生活、そして斎宮制度の仕組みや実態について、中公新書『斎宮―伊勢斎王たちの生きた古代史』を執筆した榎村寛之さんに、新書とはちょっと変わった視点から、斎王についてのエッセイをお書きいただきました。

――古典の中の斎王

斎王というと、伊勢神宮に仕える神聖な皇族の姫、というイメージがある。だから舞台や映画でいろいろと採り上げられている、と思いがちだが、実はそうした斎王は意外に多くない。

最もよく知られている斎王といえば、実在が確実な最初の斎王といえる天武天皇の娘、大来(おおく)皇女だが、実際に出てきた映画やテレビドラマは、知っているかぎり皆無といっていい。舞台でも宝塚歌劇『あしびきの山の雫に』(1982。月組。主演榛名由梨)と、OSK日本歌劇団『天上の虹』(1990。主演東雲あきら)くらいしか思いつかない。

『あしびきの』では、後に月組の組長となり、さらに専科のベテラン娘役として活躍した邦なつきが若手のころに演じている。
『天上の虹』は里中満智子の同名のマンガの舞台化である。大来や大津といえば古代史の好きな人にはお馴染みの悲劇なのだが、持統天皇との関係が難しいためか、舞台化は意外に少ないのである。

宝塚でも、中大兄皇子と大海人皇子と額田王の三角関係を主題とした『あかねさす紫の花』はしばしば再演されているが、『あしびきの』の再演は残念ながら今のところない。

斎王の出てくる素材として次に挙げられるのは『伊勢物語』だが、舞台となるとほとんど残っていない。歴史劇の代表、歌舞伎でも『伊勢物語』を素材としたもので、今でも上演される作品はごく限られているうえ、その機会もきわめてわずか。

代表的なものに『競伊勢物語(はでくらべいせものがたり)』があるが、全編の通しは2003年に市川猿翁(三代目猿之助)主演の猿之助劇団による国立劇場での上演が戦後唯一である。伊勢物語の斎王恬子(やすこ)内親王はちらりと出ていたらしいのだが大きくストーリーには関わっていない。

近松門左衛門作『井筒業平河内通(いづつなりひらかわちがよい)』もあるが、歌舞伎では1969年歌舞伎座で、六代目中村歌右衛門主演で部分上演されて以来記録がない。文楽では両作品ともしばしば上演されるが、ごく一部で、斎王の出てくる箇所はどうもなさそうだ。

宝塚歌劇で『伊勢物語』に関する舞台としては、『花の業平―忍ぶの乱れ』(2001。星組)がある。稔幸主演にて宝塚大劇場で上演、翌年香寿たつき主演で東京宝塚劇場と名古屋の中日劇場で上演された。この舞台では斎王恬子内親王は業平に絡む女性の一人として登場し、若手娘役スターとして注目されていた琴まりえが可憐に演じ、十二単ではない奈良時代風の衣装が目を引いた。名作なので再演を期待したい作品である。

――六条御息所を演じた女優たち

『源氏物語』の登場人物、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)は、光源氏の年上の恋人で、生霊になって源氏の正妻葵上(あおいのうえ)を呪い殺す貴婦人である。その後、先の皇太子との間の娘が斎王になったのを契機に娘とともに伊勢に下り、帰京後まもなく没するが、その亡霊は源氏や恋人たちを長く苦しめる。

六条御息所は、斎宮に関わる女性としては、すべての創作の中でも抜群の知名度を誇っており、早くも室町時代には、能の世界で「葵上」や「野宮(ののみや)」に登場している、ただし愛憎の執念の権化として。

現在「般若」として知られる鬼面は、「葵上」に出てくる鬼女と化した六条御息所の生霊が、大般若経の力で退散するところから来ている。あれは六条御息所なのである。

『源氏物語』は江戸時代には舞台化されず、戦前は不敬罪への恐れからやはり舞台には乗らなかった。映画や歌舞伎で見られるようになったのは戦後のことである。

歌舞伎の源氏物語の初演は1951年、舟橋聖一の原作によるもので、市川海老蔵(のちの十一代目市川団十郎)が光源氏を演じてブレイクし「海老様ブーム」となった記念すべき作品でもあった。このとき六条御息所を演じたのは当時市川男女蔵(おめぞう)を名乗っていた三代目市川左団次、現左団次の義父で歴代左団次唯一の女形もできる役者であった。

その後六代目中村歌右衛門や四代目中村雀右衛門、七代目中村芝翫など、戦後を代表する女形役者が務めている。近年では当代海老蔵の光源氏に六条御息所を能役者が演じるという革新的な試みも見られており、これからもいろいろな六条が期待できるだろう。

一方映画で光源氏といえば1951年の長谷川一夫主演作が有名である。しかし六条御息所が大きな役になっているのは、市川雷蔵が光源氏に扮した『新源氏物語』(川口松太郎作品の映画化。1961)で、こちらには娘の斎王、後の秋好中宮も出ており、源氏映画の中で唯一斎王の発遣儀礼「別れの小櫛」が上演された作品となっている。六条御息所は中田康子、斎王は長谷川彰子である。中田康子は宝塚歌劇から日劇ダンシングチームを経て東宝・大映の女優となった人で、戦後の映画界にて活躍。その宝塚の同期生には長谷川一夫の娘の長谷川季子(としこ)がおり、その異母妹が長谷川彰子というのも面白い。なお、長谷川彰子は長谷川稀世の名で新派女優として長く活躍している。

最近の映画では、天海祐希主演『千年の恋 ひかる源氏物語』では竹下景子が演じたが、生田斗真主演『源氏物語 千年の謎』での田中麗奈が斬新で記憶に新しい。六条御息所というにはいささか若い印象だが、怪しく美しく、その生霊が多部未華子演ずる葵の上の首を両手で絞めてそのまま伸び上がるという演出には驚かされた。

映画にも歌舞伎にも勝った、と上演当時評判になったのは宝塚歌劇の『源氏物語』(1952)である。演者は「白薔薇のプリンス」と呼ばれた春日野八千代で、いろいろな組に客演して演じている。そのころの六条御息所を務めていた人で特に注目できるのは水原節子。この人は本来男役で、これも宝塚歌劇の名作『虞美人』では漢代の英雄、韓信や劉邦を演じたことがある。その後も1950年代には盛んに演じられていたが、その後はしばらく上演が途絶える。

再び脚光を浴びたのは1981年に、初代オスカル様こと榛名由梨の光源氏を主演にした『新源氏物語』(田辺聖子原作。月組)で、このときも本来男役だった条はるきが六条御息所を演じている。剣幸による再演(1989。月組)では娘役の並樹かおりが演じた。

そして大和和紀のマンガ『あさきゆめみし』を原作とした愛華みれ主演『源氏物語 あさきゆめみし』(2001。花組)では娘役の実力派貴柳みどりで、怨霊としてせり上がってくるシーンが実に恐ろしかった。春野寿美礼主演による再演(2007。花組)では、専科のベテラン娘役京三紗が演じている。

六条御息所が再び男役のものとなったのはごく最近のこと、明日海りお主演の『新源氏物語』の再演(2015)で、若手男役スター柚香光が演じている。長身美形の六条御息所というのはやはり存在感があり、宝塚では男役が演じるとよく映えるなぁと改めて感心した。

これからもいろいろな舞台で、斎王や六条御息所がいろいろな形で増えていくといいなぁ、と思いつつ、私は毎日、六条御息所がどこかで見ているかもしれない斎宮を歩いているのである。

榎村寛之(えむら・ひろゆき)

1959年,大阪生まれ.大阪市立大学文学部卒業,岡山大学大学院文学研究科前期博士課程修了,関西大学大学院文学研究科後期博士課程単位取得修了.博士(文学).三重県立斎宮歴史博物館学芸普及課長.専攻・日本古代史.著書に『伊勢神宮と古代王権――神宮・斎宮・天皇がおりなした六百年』(筑摩書房,2012),『伊勢斎宮の祭祀と制度』(塙書房,2010),『伊勢斎宮の歴史と文化』(塙書房,2009),『古代の都と神々――怪異を吸いとる神社』(吉川弘文館,2008),『伊勢斎宮と斎王――祈りをささげた皇女たち』(塙書房,2004),『律令天皇制祭祀の研究』(塙書房,1996)ほかがある.