2017 07/13
編集部だより

遠き地から

飛行機の窓から外を見やると、オホーツク海に向かって伸びる知床半島が見えた。同じくらいの高さの山がぽこぽこと連なり、そのいずれもが雪をかぶっていた。空は灰色、雪は白、山は黒くて海は鉛色。東京は桜が散るやら散らんやらという季節なのに、道東はモノクロの世界だった。

しかし、知床連峰の静かな佇まいにはなんともいえない魅力がある。九州育ちの私には、知床は「遠い未知の大地」だ。見たことのない景色が広がっているに違いない。あの山々を歩き回れたらどんなに楽しいだろう――

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オホーツク沿岸の女満別空港を一歩出ると、おどろくほど冷たい風が吹いた。そのなかに、毛糸の帽子をかぶった水越武さんがぽつんと立っている。

写真家、水越武。半世紀にわたって国内外の自然を撮り続けてきた。森林を歩き、高山を登り、氷河を踏み越えて、そうして膨大な写真を撮ってきた。

水越さんの自宅は、大きな湖の近くにある。そこで私は2日間、ライトテーブルの上に身をかがめ、ルーペ片手に無数のポジフィルムを見続けた。ルーペの中で視野いっぱいに広がる景色は圧倒的だ。ヒマラヤの山々には身が凍るような風を感じ、アフリカの熱帯雨林には湿った風が肺に流れ込むような錯覚を覚え、カナダの湖を囲む雪化粧の針葉樹林は、まわりの一切の物音を奪うかのようだった。

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自然の聖地を撮った100枚の写真を2日かけて選んだ。地域は8つに分かれ、それぞれの地を歩いた足跡を水越さんが文章にしてくれた。この7月に刊行する『最後の辺境――極北の森林、アフリカの氷河』は、こうして生まれた。

巻頭に「高く遠くへ」という序文がある。水越さんが「遠い未知の大地」へと飛び回るようになった原体験が描かれている。知床の山を遠く眺めやるだけの自分とちがい、より高く、より遠くを目指してきた水越さんの翼はなんと力強いことだろう。(藤)