2017 04/13
特別企画

『人口と日本経済』/吉川洋 特別インタビュー

2016年8月に刊行され、大きな反響を呼んだ『人口と日本経済』。吉川洋・立正大学教授(東京大学名誉教授)に本書に寄せられた感想への回答から、いま進めているテーマまで聞きました。

――『人口と日本経済』は2016年8月の刊行以来、話題を呼んで17年4月時点で8刷10万部に達し、また週刊ダイヤモンドが選ぶ〈ベスト経済書〉第1位に輝きました。

吉川:予想以上の反響で、たいへん嬉しく思っています。

 本書が扱っている人口減少というテーマは、例えばトランプ現象などとは異なり、急に大きな注目を集めたものではありません。ここ10年以上にわたり、ずっと語られてきた話であり、中長期的なテーマです。それでもこれだけ手にとっていただいたということは、それだけ「人口と日本経済」について、多くの人が関心を持ち続けていることの反映だと思います。

 読んでいただいた方はお分かりだと思いますが、私の本は人口減少についての「楽観論」ではありません。第2章では、人口減少が社会保障や財政、「地方消滅」などの問題を引き起こすことをはっきり指摘しています。

 ただ、「人口減少により働き手が減るから、日本経済は右肩下がりだ」という考え方はおかしい、というのが私の主張です。世の中には、「人口が減るから、日本経済はよくてゼロ成長、普通にいけばマイナス成長だ」といった悲観論が蔓延しています。そうした状況で、「それは違う」と言った点に、読者が新鮮さを感じてくださったのではないか。また、一種の「明るさ」を感じてもらえたのかもしれません。

――悲観論に基づくゼロ成長論がある一方で、ゼロ成長をより肯定的にとらえる見方もあります。

吉川:もはや成長を目指すべきではない、ゼロ成長、つまり「定常状態」が望ましいのだ、という考え方ですね。

 19世紀イギリスの「知の巨人」、ジョン・スチュアート・ミルをはじめ、定常状態を目指すべきだという主張は昔からありますし、今もそう主張する経済学者はいます。またGDPと異なる指標を重視するブータンのような国を評価する声もあります。

 しかし、私はゼロ成長を目指すことには賛成できません。経済成長は私たちにさまざまな恩恵をもたらします。とりわけ、経済成長と寿命との関係は重要です。例えば、日本と赤道直下のアフリカ諸国を比べると、1人当たりGDPは平均寿命と密接な関係があることが分かります。

 ですから、私は江戸時代にユートピアを見るような風潮には反対です。もちろん江戸時代にもいいところはあったでしょうし、今がすべての点で素晴らしい時代だとも思いません。ただ、全体として見たときに、江戸時代に回帰すべきとは思えない。この点でも、一番分かりやすいのが寿命ではないでしょうか。たとえば今も作品が読まれている、慶応生まれの夏目漱石は49歳で亡くなっています。本当にそうした時代に戻る覚悟がありますか、と聞きたくなるのです。

――本書は人口減少と成長との関係に注目されることが多いですが、第3章や第4章において、そもそも経済成長がなぜ必要なのか、どういった意義があるのか、について丁寧に論じられている点も、とても重要だと感じます。

吉川:経済成長の果実を過小評価すべきではありません。日本で問題になっている正規・非正規間の格差問題や、若い人たちの雇用問題も、低成長と大いに関係していると思います。

 1人当たりGDP、つまり1人当たり所得の成長率が1%程度では、そうした問題が出てくるのです。私は、日本には年率2%の成長が可能だと考えています。1%と2%と聞くと、大した差でないように思われるかもしれませんが、その差は、生涯所得が2倍になるのに70年かかるか、35年かかるかの違いです。言い換えれば、子どもの世代か、孫の世代か。その違いを軽く見るべきではありません。

 問題は、2%成長がこの人口減少社会でも可能かどうかということ。それは可能であり、その鍵を握るのがイノベーションだというのが本書の主張です。

――読者の感想として、「イノベーションが必要なことは分かった。では、どうすればいいんだ」というものもありました。

吉川:イノベーションをめぐっては、2種類の感想があったと思います。

 多く寄せられたのは、「イノベーションを起こすのは高齢者ではなく、現役世代ではないか。現役世代が減るのだから、日本は難しいのではないか」という意見です。

 この意見には次のように答えたい。2060年の日本の生産年齢人口は4000万人くらいまで減るとされています。これは大変なことですが、実は現在のドイツ、フランス、イギリスと遜色ない数なのです。つまり、2060年の日本がダメだと言うならば、今のヨーロッパの国々もダメだということになります。しかし、ドイツもフランスもイギリスもギブアップしていません。もちろん生産年齢人口が減ることは大きな問題ですが、だから日本はダメだと諦めるのは、あまりに拙速です。

 もうひとつは、「イノベーションのために、何をすればいいのか」という声ですね。「それを考えるのが企業だろう」と言いたいところですが(笑)、大テーマとして「グリーン(環境)」と「シルバー(高齢化)」があるのは明らかです。超高齢化社会で困っている人は多数いるわけで、いわば社会はイノベーションを待ちわびている状態です。

 介護職員の生産性を高め、給与を上げるために、介護ロボットの活用は必須でしょう。また、AIはすでにがん治療に効果を発揮しているといわれますが、介護・医療職員の夜勤の負担軽減にも活用できるのではないでしょうか。

 ビジネスのテーマははっきりしているわけですから、そこにチャレンジするのが企業の役割でしょう。人口減少を理由に尻込みするのは、おかしいと思います。

――最後に、いま進められているテーマについて教えてください。

吉川:私の経済学者としての軸足は2本あります。ひとつはマクロの経済理論、もうひとつは日本経済。『人口と日本経済』はまさに後者を扱ったものですが、いま進めているのは、前者にあたるテーマです。

「経済物理学」という、経済学と物理学の学際的な新しいフィールドがあります。物理学者が中心で、経済学者からはいささか白眼視されているきらいもありますが(笑)、私はもう20年ほど物理学者の方々と共同研究を行ってきました。私がずっと取り組んできたケインズ経済学とも関連する研究です。この「経済物理学」について、学術書としてまとめるのが、今のテーマです。

吉川洋(よしかわ・ひろし)

1951年、東京都生まれ。立正大学教授、東京大学名誉教授。東京大学経済学部卒業後、イェール大学大学院博士課程修了(Ph.D)。ニューヨーク州立大学助教授、大阪大学社会経済研究所助教授、東京大学助教授、東京大学大学院教授を経て、現職。専攻はマクロ経済学。著書に『マクロ経済学研究』(東京大学出版会、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞)、『日本経済とマクロ経済学』(東洋経済新報社、エコノミスト賞)、『高度成長』(中公文庫)、『転換期の日本経済』(岩波書店、読売・吉野作造賞)、『デフレーション』(日本経済新聞出版社)など。