2017 04/10
都市の「政治学的想像力」

(第5回)子どもはどの学校に通うか?

バンクーバーのとある小学校。この小学校の場合、二階建ての建物はそれほど大きいわけではなく、子どもの収容能力は限られています。

国内外から新しく移住してきた子どもが学校教育を受けるとき、バンクーバーでは、教育委員会(Vancouver School Board)のDRPC(District Reception and Placement Centre,「地区斡旋(あっせん)センター」とでも訳すべきでしょうか)に赴いて、入学のあっせんを受けます。

外国人移住者の場合はパスポートやビザといった国を超えた身分証明が必要になるのはもちろんですが、興味深いのは住宅の契約書類を求められることでした。日本では、小学校を移るときに住民票が必要になることがありますが、そこで示されるのは、基本的に「いつ転入してきたか」と「どこに住んでいるか」という情報です。すでに転入してきた子どもを、決められた学区内の小学校に通わせるためには、そのような情報が必要になるからです。

それに対して、住宅の契約書類を示すことで得られる情報は、「どこに住んでいるか」ということに加えて、「(とりあえず)いつまで地域にいるのか」という情報です。この期間が短すぎると(最低でも半年)、バンクーバーでは学校への入学が認められなくなるようです。この連載の第3回でも触れたように、もともと1ヵ月の住宅契約でスタートした私たちの家族の場合、この点で引っかかることになり、すぐに長男の小学校のあっせん手続きを進めることができませんでした。もちろん、その後家主さんと契約について相談し、交渉が成立して何とか手続きを進めることができましたが。

「あっせん」の際、必ずしも住所によって決められた小学校に入ることになるわけではありません。長男はバンクーバーに着いてすぐ、しかも学期が始まってから手続きをしたために、特に希望を出したわけでもありませんでしたが、運よく近くの小学校に入学することができました。しかし入学前から住んでいれば、どの小学校に行きたいかの希望を出すことができます。一定期間中に(入学の9ヵ月程度前)入学予定者の希望入学先を集計したうえで、希望者多数の場合には抽選によって小学校が決まるようです。

日本の場合は、小学校であっても基本的に子どもが一人(あるいは子どもの集団)で登下校していますが、バンクーバーも含む北米では、安全面の考慮もあって、親が子どもの登下校に付き添い、車で送り迎えするのが一般的なので、別に小学校が家から近くなくても通学できるのです。

このような違いは、インフラとしての学校施設の建設にも影響があります。日本の場合、定められた学区に住む子どもは原則としてみな同じ小学校に通います。「人気の校区」だったり、近くに巨大なマンションができて特定の年齢層の子どもが大量に増えたりすると、そのままでは受け入れることができない小学校もあります。その場合、増築したりプレハブ造りの校舎を建てたりしています。他方、バンクーバーでは、小学校のキャパシティは決まっているので、抽選に落ちて希望の小学校に入れない子どもは、遠くの小学校へ行ってください、ということになります。もちろん学期の途中で転入して、最寄りの小学校に枠がない子どももそうなります。

そのため、最近の都心回帰で大規模マンションができている地区では、子どもの小学校が遠くなる(=仕事に行く親は送り迎え大変!)ということで不満が出ているようです。対応としては、新たな小学校の設置となりますが、それもすぐにできるわけではありません。結局、入りたい小学校をある程度選べるという自由の裏側には、希望がかなわず家から遠い小学校で順番待ちを強いられる不自由もあるのです。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、神戸大学法学部准教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。