2017 04/03
著者に聞く

『企業不祥事はなぜ起きるのか』/稲葉陽二インタビュー

日本を代表する大企業の不祥事が相次いでいます。コーポレート・ガバナンスの仕組み等は整備されてきているのに、なぜいつまで経っても不祥事が繰りかえされるのか、問題は別のところにあるのではないか。「社会関係資本」の観点から企業不祥事について分析した『企業不祥事はなぜ起きるのか』の著者・稲葉陽二さんにお話を伺いました。

――はじめに「社会関係資本」とはどういうものかを、お教えください。

稲葉:わたしは社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)を、「心の外部性を伴った信頼・規範・ネットワーク」と定義しています。簡単にいえば、他者に対する信頼、「情けは人の為ならず」「持ちつ持たれつ」「お互い様」といった互酬性の規範、そして人やグループ間の絆であるネットワークを意味しています。

それらの信頼・規範・ネットワークを考えるにあっては、取引や交流の当事者同士だけではなく第三者にも与える影響、経済学でいうところの「外部性」を重視しています。しかも、構造的なものだけではなく、人の心の中に存在する価値観などの認知的な側面をもつものまでを含めて、「心の外部性」と呼んでいます。

――それでは、そのような社会関係資本を研究されている稲葉先生が、企業内の社会関係資本にとくに注目されるのはなぜですか。

稲葉:社会関係資本は、古くは日本各地の風俗や人情を記した『人国記』などにあるような、時間をかけて培われてきたコミュニティレベルのものが、極めて重要です。企業を一つのコミュニティととらえれば、企業の社会関係資本があるわけで、実際、「企業風土」という言葉が頻繁に使われます。

しかし、企業内の社会関係資本は一般の地域コミュニティにおけるそれとは、根本的に違うし、企業風土という言葉が一人歩きしてしまうと、かえって経営者の責任が希薄化してしまう恐れがあるので、この点を明確にしようと考えました。
地域コミュニティの社会関係資本は地域の住民間の自由なネットワークですが、企業内のネットワークは社長が社内のだれとでもアクセス権を持っているという点が根本的に異なります。しかも社長から部下へは自由に情報を流すことができるが、部下から上司には簡単に情報を流すことはできないという非対称性があります。

この構造が場合によっては悪用されるのですが、企業によっては、とくに大企業に勤めていると、従業員が不祥事に直面したとき、みずから辞めるという選択肢がとりにくい、等の特徴があります。

――これまで稲葉先生は、大学での研究・教育だけでなく、金融機関(日本政策投資銀行)での融資担当や企業の社外役員としても活動されてきました。それらの経験は、企業内の不祥事を研究する上でどのように役だったのでしょうか。

稲葉:日本は従業員と役員の間のチームワークが大変重視され、それが社風、企業風土として伝統のように言われてきています。実際のビジネスの現場での経験に照らすと、社長の影響が圧倒的に強い。

言い換えると、トップが代わると企業内の雰囲気がガラッと変わるということを何度も経験しました。つまり、結局のところ、企業風土は伝統の影響もあるでしょうが、その時々の企業のトップが醸し出す、ないしは創りだすものだと身に染みて感じました。

――本書冒頭にも記されていますが、大企業の企業不祥事はひっきりなしに報告されています。企業のトップに、あるいは一般の社員へのメッセージをお願いいたします。

稲葉:テレビでは日本礼賛の番組が好評を博しているようですが、日本の労働生産性はOECD加盟国のなかで、常に中位以下で、かつ日本を代表する企業で過労死まで起こしています。こんなことを見過ごす経営者が許されて良いわけはありませんし、サービス残業で利益を捻出している企業は、企業ぐるみで粉飾決算をして、投資家つまり国民を欺いているのと同じです。この考えを、労働者も共有し、政府も真摯に受け止める体制をきちんとつくるべきです。

――今後のご関心、研究テーマについてお教えください。

稲葉:引き続き社会関係資本をテーマにしていきたいと考えています。

企業不祥事との関連では、従来社外役員は独自の見識から意見を言えばそれで良いとされていましたが、最近はそれではやはり不十分で、社外役員が業務執行の現場に、より精通することが必要であり、そのための仕組みづくりを考えています。

そのほか、社会関係資本全般についていえば、とくに世代間交流と文化・価値観の世代間継承の面から、独自の視点を提供できればと考えています。企業不祥事とはだいぶ違いますが、先日はその観点から、だんじり祭りの大阪府岸和田市と保健補導員で有名な長野県須坂市へヒアリングに行ってきました。

稲葉陽二(いなば・ようじ)

1949年生。京都大学経済学部卒業、スタンフォード大学経営大学院公企業経営コース修了(MBA)、筑波大学博士(学術)。財団法人日本経済研究所常務理事、日本政策投資銀行設備投資研究所所長などを経て、2003年より日本大学法学部教授。2007年から2014年までカルビー株式会社社外監査役。専攻・日本経済論、ソーシャル・キャピタル論。著書に『ソーシャル・キャピタル入門』(中公新書)、『叢書ソーシャル・キャピタル 1 ソーシャル・キャピタルの世界』(共著、ミネルヴァ書房)、『企業コンプライアンス』(共編著、尚学社)などがある。