2017 03/13
都市の「政治学的想像力」

(第4回)賃貸住宅のかたち

現在建設中の住宅。黄色いフェンスで囲まれている敷地の中に、前庭+中心となる住宅+(おそらく)レインウェイ・ハウスが見えます。中心となる住宅の地下部分に窓が見えるのは、ベースメント・スイートでしょうか。

バンクーバーでは、現在住宅価格が高騰していることもあり、なかなか住宅を買えません。その最大の理由は、市の条例が定める一戸建ての敷地の最低面積が、(日本の感覚からすれば)きわめて大きいからです。そのため住宅価格は、日本よりも高くなる傾向があります。市の条例によれば、一般的な住宅地域では最低で334㎡ということですが、実際に建っている住宅を見ていると、運用ではさらに広くて、小さくても15m弱×30m(450㎡)弱程度で一つの宅地が売買されているようです。

日本では、高級住宅地として知られる芦屋市六麓荘町が、その地区計画で一区画の最低敷地面積を400㎡として話題になったことがあります。それがバンクーバーでは普通の住宅地でも、だいたいそのくらいの敷地を維持しなくてはいけないわけですから、これは大変です。もちろん、普通の人はそんな家をいきなり買えないので、日本の分譲マンションと同様に、集合住宅の一室を購入するのが一般的です。とはいえ、厳しい土地の利用規制のため、集合住宅はダウンタウン地区のように人が集まる繁華街か、あるいは鉄道沿線の利便性の高い地域に集中しているため、買うのはもちろん借りるにしても安いわけではありません。

そこで、多くの人々は、市内の一戸建ての敷地の中に賃貸物件を見つけることになります。広い敷地の中には、たいていは門を開けてすぐに入口がわかる家主の住宅があるだけではなくて、その地下部分(ベースメント・スイート)や、しばしばガレージとして利用されてきた裏庭部分に小さな住宅(レインウェイ・ハウス)があり、そこが賃貸に出されているのです。レインウェイ・ハウスのような住宅の建て方は、それまで認められていなかったのですが、2000年代後半から認められるようになり、現在急増しているようです。比較的安く住宅を借りられるため、借主にとって助かる話だけでなく、高額のローンを組んで住宅を買った家主にとっても、賃料が非常に重要な収入になります。

それだけ広い宅地があって、住宅への需要も大きい状況であれば、日本の場合は家主が自分の敷地を分割して売却するでしょう。敷地の一角に小規模なアパートを作って貸すようなこともできます。しかし、そうなると住宅需要にこたえられる一方で、土地の権利関係が複雑化するので、細分化されてしまった土地を再び統合することは難しくなります。住み始めた人それぞれに生活があるわけですから、家主が状況は変わった、再開発のために出ていけ、と言っても簡単には従ってはくれないのです。他方、バンクーバーでは、権利関係は単純で再開発の見通しも立てやすくなると考えられますが、住宅需要に供給が追いつかない事態に陥ります(そうはいっても、バンクーバー周辺でも立ち退きは紛争になっているようです)。

土地を細分化しつつ、いわば「民間の力」で住宅の供給を拡大させ、需要にこたえてきた日本とは違って、バンクーバーでは、規制を緩めて鉄道やバス幹線沿いに集合住宅を増やしつつ、州政府や市政府が公的に住宅の供給を進めています。こうした政策が可能なのは、権利関係が単純だからなのかもしれません。ただし、政府による住宅供給のためには当然税金をはじめとした財政資源が必要になり、人々がそのための負担をすることになり、その負担は常に手放しで認められてはいません。特に、住宅を購入できない若い人々の不満は強く、現市長のもとでは最低敷地面積の規制を緩和して、もっと住宅を買いやすくすべきだという議論も見られます(最近ではこちら)。バンクーバーが魅力的な都市として人々を集めるほどに、これまでの規制をそのまま維持するのが難しくなるのかもしれません。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、神戸大学法学部准教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。