2017 02/01
著者に聞く

『ポピュリズムとは何か』/水島治郎インタビュー

 イギリスのEU離脱、トランプ米大統領の誕生、ヨーロッパでの排外主義の広がり……いま最も注目を集める政治潮流となっている「ポピュリズム」。このテーマを正面から扱った中公新書『ポピュリズムとは何か』が発売以来、版を重ねています。著者の水島治郎さんに、本書について話を聞きました。

――あまりにタイムリーな刊行なので、「トランプ現象を見て、急いで書いたのでは?」と思われることも多いようですが、そうではないんですよね。

水島:はい。2012年に刊行した『反転する福祉国家』は、オランダにおける福祉国家の再編と移民排除の問題を扱いました。そこでオランダのポピュリズムについても1章を割いています。
 その後、2014年にはヨーロッパ各地でポピュリズム政党が勢力を伸ばしました。そこで、政治の最前線で猛威を振るい始めたポピュリズムについて、ヨーロッパやラテンアメリカなどを貫くかたちで、採りあげたいと考えるようになりました。ちょうどその頃、中公新書から執筆のお誘いをいただき、ポピュリズムについて書きたいと申し上げたのが始まりです。
 今日ほどの事態になるとは予想していませんでしたが、「既成政党に対する不信」「グローバル化による格差拡大」「イスラム移民に対する批判の高まり」といった要素は、オランダに限らず広く共通していました。ポピュリズムが今後、重大なテーマになるだろうとは感じていました。

――打ち合わせで初めてお目にかかったとき、「ポピュリズムというテーマは、学生の関心も高い」とおっしゃっていたのが印象的でした。

水島:質問や講義後のコメントを通じて、学生の関心が強いのが伝わりました。この本を「ゼミで使用する」と言ってくださる研究者の方が多いのも、その現れだと思います。
 ポピュリズムに関心があるといっても、少なくとも日本では、学生が排外主義にシンパシーを感じているということではありません。若者たちは既成政治への違和感を強く持っていて、ポピュリズムの持つ「既存の権威への挑戦」「エリートに対する逆転劇」といった要素に共鳴している部分もある、他方で危うさも感じている、いずれにせよ関心を寄せている、ということだと思います。

――ポピュリズムといえば、日本では「悪」のイメージが強いですが、そう単純ではない、という指摘が新鮮ですね。

水島:本に詳しく書きましたように、現代のポピュリズムは反デモクラシーとは言えません。むしろ、グローバル化やヨーロッパ統合といった、エリートが民衆の意見を無視して一方的に進める動きへの反発が根底にあります。それがヨーロッパの多くの国のように右派ポピュリズムとなることもあれば、スペインのように左派ポピュリズムの形をとることもある。
 また歴史をたどれば、南北アメリカいずれにおいてもそうであったように、ポピュリズムには、「権力を独占するエリートに対する民衆の解放運動」という側面がありました。その点でも、「ポピュリズムはデモクラシーを脅かす害悪だ」と一方的に断ずることには慎重であったほうがいい。ポピュリズムは両義的な存在だと思います。

――ポピュリズムの嵐は日本にもやってくるのでしょうか。

水島:その条件は揃ってきていると思います。
 各国で20世紀型の政治が終わりを迎えています。20世紀のとりわけ後半には、人々は労働組合や農協、中小企業団体、専門職団体、地縁団体などの団体に属し、その団体が政党や政治家とつながっていました。団体に属して、つながりのある政党に投票すれば自分は守られているという感覚があった。それは右も左も同じでした。
 ところが日本でもヨーロッパでも、そうした既存の団体は勢力を弱め、人々が団体を通して自分の利益を実現するルートが狭まっています。政党は縁遠いものとなりました。そこにグローバル化の波が襲ってくると、既成政党に救いを求められない人たちが、ポピュリズム政党や政治家に向かうようになりました。
 イギリスの「置き去りにされた人々」や、アメリカの「ラストベルト(さびついた地域)」に暮らす「忘れられた人々」がまさにそうですね。かつては、工業地帯の労働者として組合に属し、労働党や民主党を支持していた人たちが、既成政治やグローバル化を批判するポピュリズムに雪崩を打ったのは不思議ではありません。
 そうした構造は、日本にも共通する点があるので、ポピュリズムが広がる余地はあると思います。

――そうした「置き去りにされた人々」の声がとりあげられるのは、ポピュリズムのポジティブな側面と言えるかもしれませんが、あらためて弊害として考えるべきものは何でしょうか。

水島:ポピュリズムは国民投票や住民投票など、直接民主主義を重視します。民意によって一挙に問題解決しようとすることは、改革のエネルギーになります。一方で、それが不可逆的で一方的な決定になってしまう危険性もあります。
 イギリスの国民投票が好例です。離脱という決定が国民の総意に本当の意味で添っているのか分かりませんが、直接投票でいったん決めてしまうと元に戻ることは非常に難しい。
 また、フィリピンのようにデモクラシーが不安定な国の場合、ドゥテルテ大統領のように法治国家の枠組みを超えた手法をとりかねない。アルゼンチンのペロンやベネズエラのチャベスも、政敵を抑圧しました。貧しい民衆の利益を守るためなら、強硬手段も厭わない、というのは影の面だと思います。
 しかもポピュリズムでは、「民衆の意思」というお墨付きを得て移民や外国人の排除を正当化することが多く、排外主義と結びつきやすい。直接民主主義と排外主義は、矛盾するものではありません。スイスでは、ポピュリズム勢力の提起した国民投票で、反イスラムの意味を込めた立法が可決される例もありました。

――ポピュリズムの広がりに対して、私たちはどう対峙すればいいのでしょうか。

水島:ポピュリズムを否定するだけでは、問題は解決しないと思います。
 ポピュリズムの掲げる政策が正しいかどうかは別にして、既成政党が独占している権力を引きはがそうという動きに人々は惹きつけられています。それはデモクラシーの歴史でくり返されてきたことです。ポピュリズムの問題提起を受けとめながら、既成政党や政治家、団体、メディアの側も自己革新をしていくことが必要でしょう。
 ヨーロッパでは、ポピュリズム政党の批判に既成政党が応え、一定の改革をすることで、政治と国民との関係が改善した例もあります。ポピュリズム政党と既成政党が競合した結果、既成政党の側の改革が進むのであれば、デモクラシーにとって一定の意味があるのではないでしょうか。
 本書はポピュリズムをテーマにしていますが、ポピュリズムを通して、リベラルやデモクラシーといった価値を再考するきっかけにもなればと思っています。

水島治郎(みずしま・じろう)

1967年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業、99年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。甲南大学助教授、千葉大学法経学部教授などを経て、現在、千葉大学法政経学部教授。専攻はオランダ政治史、ヨーロッパ政治史、比較政治。著書に『戦後オランダの政治構造』(東京大学出版会、2001年)、『反転する福祉国家』(岩波書店、2012年、第15回損保ジャパン記念財団賞受賞)、『保守の比較政治学』(編、岩波書店、2016年)など。