2016 12/01
編集部だより

シロクマよ、ともに南へ

金曜日の夜、大学時代の友人が上野の小料理屋に集まった。Aが2日後に南極へ発つというので、忘年会ついでに壮行会もやってしまおうという話だった。Aは第58次南極地域観測隊員として、日本からオーストラリア西部の町フリーマントルに飛び、そこで南極観測船「しらせ」に乗る。12月下旬に南極の昭和基地に到着し、2月までそこで働くという。南半球は夏なので、越冬隊ではない。それはともかく、「俺も行きたい」という声が相次いだ。


集まった友人たちの進路はさまざまで、途上国で自動車を売っている商社マンは「南極で5000台くらい車を売ってこいよ」と言われ(雪上車でもそんなに売れへんわと言い返し)、進化形態学者は「シロクマの頭かち割ってこいよ」とけしかけられ(南極にシロクマはいねーよと反論し)、やいのやいの騒がしい。そこでAに「おい、編集者に仕事はないか」と冗談半分で聞くと、一言、「甲板員か、重労働だぞ」と朗らかに返された。

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編集者の仕事は現場にはない、というわけだ。それもそうだ。現場に立つ人、学問の最前線にいる人、調査研究のために南極に行くような人が、僕らにとっての「現場」なのだから。


新書の編集者は、いずれの専門にも属さず、門の外でうろうろしている門外漢であらねばならない(個人の意見です)。いろいろな門を敲いて中を覗いては「見事な伽藍ですね、わかりやすい見取り図を描いてくださいよ。みんな興味津々ですよ、僕が外で売ってきます。あ、ここもうちょっとわかりやすく、あ、そこはいらないから削りましょう」と云々。Aの返事は、お前のような不埒な男の居場所は「しらせ」にはないよ、ということなのだろう。

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ちなみに、シロクマは南極にはいないが北極にはいる。ただし、北極の氷がどんどん溶けていくので、氷の上で暮らすシロクマは居場所を追われ、いまや絶滅の危機だとか。彼らの楽園が地球の裏側にしかないなんて、なんと身につまされる話ではないか。(藤)