2016 10/24
著者に聞く

『地球の歴史』上中下/鎌田浩毅インタビュー

──本書を執筆した動機をお教えください。

鎌田:地球科学を専門に選んで40年になりますが、地球の「通史」をいずれ書きたいと考え構想を温めていましたね。24歳で阿蘇火山の地質研究を開始し、地震と火山の相互作用を明らかにするテクトニクス(地球変動学)へ研究対象を広げてきました。こうした研究の基盤には必ず「地球の歴史」が横たわっています。地震・火山のダイナミズムを理解するにも、46億年の「通史」を把握しておくことは非常に重要です。

8年前に中公新書『マグマの地球科学』を刊行した後、当時編集長をしておられた松室徹さんから、その地球の通史を縦横無尽に論じて欲しいというご依頼を頂戴しました。ここから私のライフワークとなる全3巻の執筆が始まったわけです。

実は、地球科学の研究者には「モノ派」「スジ派」という二つのタイプがあります。モノ派は、さまざまな現象の事実としての側面に興味を持つ研究者で、自然界(モノ)のもたらす多様性の不思議に絶えず目を奪われています。一方、スジ派はそうした個々の現象の間にある相互関係(スジ)の構築に関心をいだくのです。

活火山が引き起こす噴火現象のモノ派から出発した私は、いつしか地殻変動との因果関係を追究するスジ派の研究者へと重心が移動していきました。すなわち、地球に関する多様で膨大な事実を俯瞰し、そこに貫く「本質」や「構造」の解明を目指したのです。スジ派は私が「好き」というだけでなく、新しい研究成果を出せる「得意な」方法論でもありました。今回もスジ派の切り口で、46億年にわたる地球の歴史を読み解いたということになります。

──執筆中に苦労したことは何かありますか。

鎌田:本書の執筆は、最初考えたほど容易なことでは決してなかったですね。日進月歩の地球科学の世界では、毎週のように新知見(本書でも扱った「自己組織化」「分子時計」など)が現れました。その結果、専門の火山学のみならず固体地球科学、流体地球科学、惑星科学、宇宙論まで広く学び直すという貴重な体験をしたことも事実ですが。

また地球科学は、物理学、化学、数学、生物学のすべてを動員しながら、複雑な地球の描像を得ようとします。46億年間に起きた現象はきわめて多岐にわたるため、地球科学以外の分野の書籍や論文をチェックし、消化・咀嚼するために膨大な時間を要しました。

さらに執筆には、読みやすい啓発書にするための「試行錯誤」というプロセスが伏在していました。1997年に京都大学に赴任して以来、「科学の伝道師」として一般市民に向けたアウトリーチ(啓発・教育活動)に精力的に携わってきましたが、本書の執筆は「伝える技術」の研鑽そのものでした。

──執筆中のエピソードなどをお聞かせください。

鎌田:全3巻にわたる執筆時間をどう捻出するかが最大の課題でした。2011年には東日本大震災(いわゆる「3・11」)が発生し、その後に噴火した御嶽山や箱根山などの災害分析と将来予測という喫緊の仕事が大量に舞い込んだのです。「時間の戦略」が必要なので、とにかく全ての空き時間を活用しました。

この方法は私がビジネス書で提唱している「隙間法」ですが、常に紙と鉛筆を持ち歩き、思いついたことはいつでもどこでもメモに取りました。また、文献の図書と論文コピーを持ち歩き、付箋を貼りながら読み進めていきました。そして、まとまった時間ができれば、ただちにパソコンに入力していったのです。時には携帯メールに文章を書き込み、研究室のパソコンに送信することもしばしばでしたね。

さらに執筆で頭が「スタック」すると、散歩へ出掛けました。西田幾多郎など京大の哲学者と同じく、私も歩きながら考えるのが好きな「逍遙学派」です。実は家の中でも同じで、階段を駆け下りて書庫に本を探しに行くのは、丁度良い気分転換になります。とにかく、執筆の合間に体を動かすことを挟みながら、長丁場をこなしました。

また、夜はよく眠らないと昼間に頭が働かないので、就寝前にぬるめの風呂にゆっくり浸かり、頭を休めてぐっすりと眠るようにしました。満腹になると頭が働かなくなるので、食事も腹六分目くらいに押さえて、少し空腹感が残るようにしていました。完成までの8年間、体を整えながらマラソンの執筆生活を完走したのです。と言って修道僧のような生活ではなく、「火山の恵み」である温泉に出掛け、火山性の土壌がもたらした美味しい食べ物を賞味しながら「作家人生」をエンジョイしたわけでもあります。

──本書と関連するおすすめの本や映画があればお教えください。

鎌田:関連する本で入手しやすい和書を下巻の末尾に列挙しましたが、中でもジュール・ヴェルヌ著『地底旅行』(初版1864年)を奨めます。地中深く掘り進みながら縦横無尽に駆け巡るSFの古典です。19世紀後半の科学が輝いていた時代に、SFの開祖として知られる小説家がロマンと想像力を膨らませて書いた傑作でしょう。

当時のSFで描かれた宇宙旅行など大方の技術は実現しましたが、地底旅行だけは人類はまだ叶えていません。地下は宇宙空間以上に「未知」の空間であることから、若い人たちに研究を進めて欲しいと願っています。『地球の歴史』で解説した最先端の地球科学と比べながら、150年前に書かれた『地底旅行』を読むのも楽しいのではないでしょうか。

次に、映画では小松左京原作の『日本沈没』(1973年、リメイク2006年)を挙げたいです。下巻167ページでも述べたように、プレート・テクトニクスをよく勉強した上で作られたフィクションです。なお、日本沈没を引き起こすメカニズムは地球科学的にも間違っていないのですが、進行速度が現実より何桁も速くなっています。よって、実際には日本沈没は起きないけれども、沈没に伴う様々な地殻変動をビジュアルで理解するのに適した映画なのです。ちなみに、映画『日本沈没』を見たことがきかっけで地球科学を志すようになった私の友人が何人もいます。

──今後取り組みたいテーマは何でしょうか。

鎌田:本書は地球科学の概要を分かりやすく伝えるというアウトリーチ(啓発・教育活動)の作品です。一般読者の興味を途切れさせずに、専門的な内容を最後まで読み進めてもらうという目標があり、試行錯誤を重ねました。ここで得たノウハウをきちんと書き記しておくことも、今後取り組みたいテーマの一つです。

さらに、ある学問の全体を俯瞰して本質を抽出する作業が私は好きで、先ほど述べた「スジ派」の得意技でもあります。上巻14ページにも書いたように、ジョージ・ガモフやアイザック・アシモフが私のロールモデルです。彼らのように、いずれは対象を哲学・思想・文学・歴史学・社会学・芸術にまで広げて、専門家と市民を繋ぐ仕事をこれからも続けたいですね。

──最後に本書の読者へのメッセージをいただけないでしょうか。

鎌田:本書には地球の歴史という「コンテンツ」を伝えると同時に、そのベースにある地球科学の「視座」を知ってもらう目的もあります。というのは、地球科学は他の自然科学と異なり、特有の「ものの考え方」があるからです。それは、1.科学的ホーリズム(Holism)、2.長尺(ちょうじゃく)の眼、3.歴史の非可逆性、4.現場主義からなり、下巻「長めのあとがき」にくわしく記しておきました。膨大で煩瑣にも見える地球の歴史も、事実を貫く「地球の見かた」を知っておくと、理解しやすくなるのです。

実は、この視座は読者の知的好奇心を満たすだけではありません。地球の歴史は偶発事にあふれており、そのたびに環境が激変しました。そして地球上の生命は「ピンチはチャンス」の言葉通りに、激変を「利用」して独自の進化を遂げてきたのです。

こうした現象は「地球と生命の共進化」と呼ばれますが、「想定外」に溢れた地球の歴史から日本列島に暮らす生き方を学ぶこともできるでしょう。「3・11」以後、1000年ぶりの「大地変動の時代」に入った我が国で、自然災害から生き延びるために必要な「知恵」が身につくことを期待しています。地球の歴史を人生の「教養」の一つとして、想定外に対して上手に対処できるように活用していただきたいですね。

鎌田浩毅(かまた・ひろき)

1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。理学博士(東京大学)。通産省地質調査所、米国内務省カスケード火山観測所を経て、1997年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。日本火山学会理事、日本地質学会火山部会長、気象庁活火山改訂委員、内閣府災害教訓継承分科会委員などを務める。著書『マグマの地球科学』『火山噴火』『富士山噴火』『生き抜くための地震学』『西日本大震災に備えよ』『地球は火山がつくった』『地学のツボ』『火山はすごい』『火山と地震の国に暮らす』『世界がわかる理系の名著』『京大理系教授の伝える技術』など。
鎌田浩毅のホームページ