- 2025 06/27
- まえがき公開

肉まん、ジンギスカン、餃子、焼売、ラーメン、麻婆豆腐、ウーロン茶。あの味はなぜ懐かしいのか。帝国主義の時代に広まり、戦後の日本人の心と体を癒してきた中華料理。地域や家庭で愛されてきた品々は、誰が、いつ、どうやって日本にもたらし、なぜこれほど普及したのか――。文化人、実業家、軍人、料理人たちの情熱と葛藤に光をあて、日本の中華料理一〇〇年の軌跡を世界史的な視点から描く、食文化の物語。
『中華料理と日本人 帝国主義から懐かしの味への100年史』の 「まえがき」を公開します。
中華料理は、日本人にとっては外国料理であるが、どこか懐かしく、心癒されるものが多い。それはいったいなぜなのだろうか?
中華料理はおいしいからこそ、私たちは、すでにそれを自分たちのものとして守り育てている。それでは日本の人々は、中国やアジアの人々や文化とどう向き合いながら、日本式の中華料理を確立してきたのだろうか?
二〇世紀以降、海外でも日本食の普及が進み、今ではラーメンや餃子をはじめ、日本で発展した中華料理も注目されるようになった。もし日本の中華料理が広く長く愛される国際的な食文化になって未来に継承されていくとしたら、そのルーツについてもはっきりさせておきたいところである。
私たちのイメージしやすい「中華料理」は、たいてい日本式のものであり、中国の現地料 ii 理とはかけ離れている。例えば、日本では、中国の人々が毎日、チャーハンを食べて、ウーロン茶やジャスミン茶を飲んでいると思っている人がいるかもしれない。しかし、それは日本式の中華料理のイメージを中国本土の料理に当てはめた幻想である。
中国の人々もたいてい白米を炊いておかずとともに食べるし、茶にしても大半の地域で緑茶が圧倒的に多い。また、中国の麵料理は日本で発展したラーメンとは別物で、スープの出(だ)汁(し)をとるのに手間をかけるよりも、麺の上に乗せる具材のほうを豪華にする。日本でなじみのある味噌ラーメンや、薄い皮で具材を包んだ三角形の焼き餃子は、中国ではめったに見かけることがない。
だからこそ、中国の現地料理を理解した上で、日本の中華料理の特色を知りたい。そして、このようにユニークな中華料理が育まれてきた道のりには、日本の食文化を豊かなものにしていくヒントがちりばめられている。
世界史の視点から見ると、日本の中華料理とイギリスのカレー料理には、重要な共通点がある。これらはともに、帝国主義が育んだ植民地料理としての一面があるのだ。
今私たちが好んで食べている日本の中華料理は、じつはそれほど古いものではない。そのルーツをたどると、二〇世紀の帝国と帝国後の時代に広まったものが多い。日本はかつて、一九世紀末に中国(清朝)との戦争に勝利して植民地帝国になり、一九四五年に中国を含んだ連合国との戦争に敗れると、すべての植民地や占領地を失い、占領期を経て国民国家となった。
オランダ・ライデン大学の歴史学者カタジーナ・J・チフィエルトカは、日本帝国の中国への勢力拡大が日本に中華料理を普及させたのであり、そのことは明治期の文明開化が日本に西洋料理を普及させたのと同じくらい重要であると指摘している。この仮説に対して、反発したり、半信半疑になったりする人もいるかもしれない。
しかし、定番中華料理の品々のルーツをいくつかたどっていけば、日本における中華料理の普及に帝国主義が深く関わっていることがわかってくる。そして私はしだいに、こう考えるようになった。つまり、今の日本で人気のある定番中華料理のいくつかは、アジアに勢力圏を広げた日本帝国の飲食文化として受け入れられ始め、さらに敗戦後にはアジアから撤退した日本人の心身を癒すコンフォート・フード(心地よい食べ物)として広まったのではないか、と。
本書は、肉まん、ジンギスカン料理、餃子、ウーロン茶、シュウマイ、ラーメン、麻婆豆腐、中国野菜など、身近な中華料理の品々に込められた日本の人々の心情を見つめ、日本社会とアジアの関係性を読み解いていく。
料理を理解するためには、調理技術や味覚、食材の生産・流通などの分析も有効である。しかし、本書は料理の持つ精神面の重要性に注目し、中華料理を作る人、食べる人、語る人の思いに迫りながら、東アジアの海を越えて料理が広がる歴史のダイナミズムを描き出したい。
帝国と帝国後の時代を生きた人々は、いったいどのような信念や意欲に駆り立てられて、中華料理の品々を日本のものにしてきたのだろうか?
このような問いを投げかけることによって、かつて日本人が突き動かされた帝国主義的な心情の複雑な内実に光を当てるとともに、中華料理を受け入れ、受け継ぐ人たちの尽きないロマン、あくなき情熱、ねばり強い創意工夫も浮かび上がってくるだろう。
(まえがき、著者略歴は『中華料理と日本人 帝国主義から懐かしの味への100年史』初版刊行時のものです)