2023 08/17
著者に聞く

『森林に何が起きているのか』/吉川賢インタビュー

『森林に何が起きているのか 気候変動が招く崩壊の連鎖』

2023年8月、ハワイ・マウイ島で、アメリカ史上最大級の犠牲者を出す山火事が発生。6月にカナダの山火事で生じた煙がアメリカ国内に及び、ニューヨークが最悪レベルの大気汚染に見舞われる事態となったことも記憶に新しいなかでの悲劇である。日本でも2021年2月に、栃木県足利市で167ヘクタールの山林が焼失する大規模火災が発生した。気候変動の危機が叫ばれる現在、世界の森林に何が起きているのか、最前線をまとめたのが『森林に何が起きているのか 気候変動が招く崩壊の連鎖』である。著者である吉川賢さんにお話を伺った。

――気候変動の危機が叫ばれる現在ですが、世界中の森林が直面している現状をまとめるという本書のコンセプトは珍しいと思います。執筆にご苦労はありましたか。

吉川: 森林には様々な種類のものがあります。それはそれぞれが固有の特性を持って立地環境に適応した結果です。したがって、地球温暖化が森林に与える影響もその現れ方もさまざまですから、その現状をすべて小著にまとめるのは難しいですし、そもそも私の能力を超えています。しかし、地球環境が変化し、我々の身近で環境保全に大きな役割を果たしてくれている森林が、劣化し消滅しつつある危機的な状況に陥っていることを、単に森林面積が減っていると言うだけでは、直面する危機の中身とその重大さを正確に示すことはできません。

そこで、いくつかの典型的な例を取り上げることで、その底流にある温暖化が森林に与え続けている影響を理解してもらおうと考えました。それは同時に、「温暖化とは何か」という問いを森林から見直してもらうことであり、森林がどんな生態系であるのかを知ってもらうことにもつながることです。温暖化の影響の中でも最もわかりやすく、そして注目を受けやすい山火事から話を始めることにしたのですが、その中で森林と人々の暮らしとの関係や、気候変動対策への森林の貢献の仕方などをわかりやすく盛り込むのに苦労しましたし、うまく伝わるように書けたか心許ないところです。

最後は日本の森林と林業の課題について書きましたが、これは地球環境問題に興味を持っている人たちに、日本の森林の現状とそこを現場とする産業としての林業の有効性を知ってもらいたいと願ってのことです。林業の専門書は多いのですが、一般向けに林業を解説したものは少ないです。森林は利用してこそ気候変動に対抗するための有力な武器となります。しかし、その取り扱い方は決して簡単ではありませんし、時間的、空間的なスケールが我々の日常生活の感覚とはだいぶ違っているのだというメッセージを、自然保護を考えている人々に伝える狙いがありました。

――そんな本書の内容のバックボーンとなったのは、これまでのフィールドワークの積み重ねだと伺いました。

教会から帰る途中の子供たちとバオバブの話をする(2012年11月)

吉川:フィールドワークの始まりは、1984年のインドネシアのスマトラ島での熱帯林の調査でした。それ以来、2022年のモンゴルのゴビ砂漠での調査まで、40年ほどのあいだに50カ国以上を訪れ、様々な生態系を調査し、視察してきました。延べ日数は2000日超えでしょうか。1年のうち半年以上海外調査をしていてけしからんと陰口をたたかれることもありましたが、実際は長くても年間100日程度で、大学での教育・研究にもそれなりに励んできたつもりです(笑)。

私の専門は、乾燥ストレス下で生育する樹木の生理生態学的研究というもので、水不足に対する樹木の適応戦略を明らかにすることです。そのため、半分以上の日数は乾燥地での調査でした。若い次世代の研究者を育てるために、できるだけ海外調査には学生を同伴するようにしてきました。そして、フィールドワークに興味を持った学生は現地に残してくるようにしましたので、じっくりと腰を据えた野外調査の結果を元にした研究をすることができました。中国、モンゴル、サウジアラビア、ケニヤ、UAE、ロシアなどで、学生たちはそれぞれの国のカウンターパートと協力して、よく頑張ってくれました。

――フィールドワークでは大変なことも多そうですが、成功させるコツはありますでしょうか。

吉川:日本は四季の移ろいが美しい湿潤なところですよね。そして、地球全体で見ても、ごく限られた環境条件のところです。したがって、海外で文字通り「生身で」自然に接すると、その違いに驚愕します。しかし、日本との違いにこだわることは、本を執筆するときには役立つかもしれませんが、こと研究においては障害にもなりえます。たとえば、乾燥した流砂地に立って、鳥取砂丘とどこが違っていて、どんなふうに同じなのかを比較している限り、眼前の流砂地の本質には手が届きません。初めて見たり触ったりする自然を、ありのままに驚き、どこまでも不思議がる好奇心が、フィールドワークの肝だと考えています。学生たちにも、そのように指導してきました。しかし、それは口で言うほど簡単なことではありません。

興味を持ったものを後で思い出して考え直す手助けにするために、訪れたところでたくさん写真を撮ります。デジタルカメラは持っていったフィルムの本数を気にしなくてもいいし、どんな写真が撮れたのかもすぐに分かるので本当に便利な道具です。その撮りためた大量の写真を見直していますと、どの場所についても初年度に撮った写真が、その後に訪問したときのものとは比べものにならないほど、現地の重要なものをしっかりと捉えていることに気づきました。2度目以降の訪問では好奇心がよりミクロな「研究心」に変質してしまい、初回は見えていたものが見えなくなってしまいがちなんです。そんなことに毎度ながら驚かされると共に、いつまでも驚く気持ちをなくさないようにしようと気を引き締めています。

――本書のコラムには、フィールドワーク中の蚊との壮絶な格闘など、ユニークなエピソードが綴られています。そうした裏話をもっと教えてください。

吉川:乾燥地に限らず、日頃経験することのない環境での出来事やそこで暮らす人々との出会いは驚きに満ちています。それらのいくつかをコラムとして本書に書きましたが、臨場感を持って楽しんでいただけたなら嬉しいですね。その他にもフィールドワークで感動したことは枚挙にいとまがありません。たとえば、モンゴルの草原でのことです。砂嵐の中で迷子になったヒツジを探しに行くという馬上の遊牧民に出会ったとき、彼らのたくましさと優しさに感動しました。そして、歩くのもやっとのモンゴルの少女が、兄にお尻を押されてひとり馬上に座った途端に、颯爽と丘の向こうへ駆けていったのには言葉を失いました。

本書に書きました蚊は、タイガ(シベリア地方の針葉樹林)を覆い尽くして、飛び回っていました。宿舎に飼われている犬は、その蚊の大群の中にいて、日がな一日草原の上に伏せたまま蚊に食われ続けていました。その横顔を見ると、ある種の諦観を持っているのかと思いましたが、時折、鼻の上に止まる蚊に吠えていましたので、そこまで悟っているわけでもなさそうでした(笑)。猫はちゃっかりと我々が食事をするための網室の中に避難してくる知恵を持っていました。ウシも、ヤクート人の農民が焚く蚊遣りの中に逃げ込んでくるのですが、草を食べるためには蚊の群れの中に戻っていかなければなりません。頭から尻まで至る所を蚊に食われながら、尻尾を振り、大きな足でお腹をかこうとしているのを見ているだけで、全身がかゆくなってしまいました。蚊も必死ですが、その蚊のいちばん勢いづくときが最もおいしい草が食べられる季節なのですから、さすがのウシもやりきれなかったのではないでしょうか。

そういえば、オマーンのラクダは草のない乾季は山岳地で放牧されていますが、雨季になって雨が降って斜面に草が増えてきますと、足を滑らせる危険が増すということで、草のない乾いた低地に移動させられていました。我々だけでなく、動物たちもままならない生活をしています。そういう動物たちのけなげさにはほだされましたね。タンザニアのンゴロンゴロ国立公園の中を駆け抜けるダチョウを見たときは、その上品な姿に、生まれ変わるならダチョウがいいなあと心底思ってしまいました。

――現地の食べ物で印象深いものはありますか。

バロンバヤンウラン(モンゴル)のゲルで鍋一杯のラクダのヨーグルトを振る舞われた(2007年5月)

吉川:ゴビ砂漠の中の遊牧民の家で飲ませてもらったラクダのヨーグルトや、四川省の街角で食べた火鍋、ケニヤの山麓の村で出されたバナナ酒など、思い出すおいしい食べ物や飲み物はいくらでもあります。しかし記憶が鮮明なのは、むしろ、そのあとお腹を壊して何日も転げ回っていたなというものばかりです。そんなことを含めて、乾燥地とそこでの人々の暮らしを知ってもらいたいと思いまして、昨年から「不思議で面白い乾燥地」というエッセーを書き始めています。

――ぜひあわせて読んでいただきたいですね。さて、次に気候変動について伺います。2023年6月、カナダの山火事で生じた煙がアメリカ国内に及び、ニューヨークが最悪レベルの大気汚染に見舞われる事態となりました。こうした状況は今後も深刻化していくのでしょうか。

吉川: 気候変動が進む現在、「今年が史上最高・最悪・最低・最大・最長の事態である」ということはこれからも続いていくと思われます。ギネス世界記録はいつも更新されるためにありますが、地球環境もまた、インクの乾く暇が無いだろうと思います。

異常気象が続く限り、事態は深刻化すると予想するしかありません。対策は温室効果ガスの排出削減による温暖化の阻止ですし、対処法は「命を守る行動を取る」しかありません。線状降水帯も地震も、そして温暖化もみんな同じです。ただし、気候変動、ひいては温暖化はその現れ方がまだ十分に明らかにされているわけではありません。たとえば、温暖化がどこで熱波を生み、山火事の拡大にどれほど関わってくるのかについては必ずしも分かっていません。台風は来ますが、どこを通って来るのかはその時々の気圧配置に支配されているのと同じだといえます。

台風は、地球が丸く、自転していることで発生する人知を超えた自然災害ですが、温暖化は我々が生み出した人災です。被害を軽減するには、大気環境という複雑なシステムを補修し、維持されるものにしなければなりません。温暖化の当事者であるとの認識が高まって、温暖化の阻止のために二酸化炭素の排出削減を進めようとする運動が活発になっているのは、歓迎されることです。しかし、「排出削減」というキーワードだけで問題を単純化してしまいますと、プラスチックのストローを紙のものに代えて満足するような、実効性の低い結果に終わってしまいます。地球環境問題は抜き差しならない課題なのだという自覚を、もっと持たなくてはいけません。すなわち我々は、現在の生活レベルを、つまり文明という名で手に入れた今の生活の便利さをどこまで手放せるのか、問われています。

――ありがとうございます。いま取り組んでいるプロジェクト、今後のご研究のテーマなどについても教えてください。

ザギンウス(モンゴル)の砂丘の上に生育するザグ(2022年8月)

吉川:モンゴルのゴビ砂漠に生育するザグ(モンゴル名、中国名:梭梭、学名Haloxylon ammodendron)という灌木林の修復・保全の研究を昨年から始めています。モンゴルの遊牧民の燃料は主にウシの糞ですが、氷点下20℃以下になる真冬には薪がないと過ごせません。しかし、草原に木材は少なく、ザグは高さ2~3メートルにしかなりませんが、貴重な冬の燃料となっています。冬でも葉があるザグはラクダの冬の間の飼料でもありますし、ヒツジは冬の寒風を避けるためにザグ林内に潜り込んできます。この灌木林がゴビ砂漠の各地で劣化・消滅しています。その結果、流砂・飛砂が大量に発生して草原を覆い、水源を奪って遊牧生産に被害を与えています。そこで、ザグがなぜゴビ砂漠のような厳しい環境で生育できて、森林を形成していけるのかを、水分生理と群落の生態的特性から解明することを主な目的とした研究プロジェクトを始めました。ザグの乾燥ストレス耐性とその抵抗戦略が明らかになれば、減少し劣化したザグ林の再生・保全のための技術開発につなげることができます。

昨年の調査では、対象とする予定のザグ林の中で、一団のザグが枯れてしまっているのが見つかりました。温暖化か干ばつの影響を受けてザグ林が崩壊し始める端緒なのではないかと色めきだち、調査項目などを準備していると、「このザグは枯れていない」と遊牧民が言い出して驚きました。その周辺の今年は生きているザグの幹を見せながら、来年には必ず芽を出して再び成長を始めると彼は断言しました。多くのザグの幹を見ますと、枯れた幹を新しい幹が抱え込むようにして生育していますので、遊牧民の予想通りになりそうですが、こんな乾燥ストレス戦略は初めて見ました。これからザグの生態の謎解きが始まると思うと、ウキウキします。まだまだ砂漠は謎だらけで、科学冒険の世界なのです。

――最後に、森林や砂漠をはじめ、地球科学の研究を志す若者に、メッセージやアドバイスをお願いします。

吉川:若い人たちに偉そうにアドバイスをするほどの立場ではありませんが、地球科学は「フィールド科学」であることを忘れないでほしいと思っています。確かに、衛星データやコンピューターシミュレーションなどを駆使すれば、地球レベルという我々の日常の感覚を超えたスケールの対象を俯瞰的に捉えることができます。しかし、その対象とするところはあくまでも自然です。風が吹けば桶屋が儲かり、雨が降れば云々というような、因果が複雑に絡み合う世界に、生物は暮らしているのです。リモートセンシングなどによる解析とその結果にも、必ず文字通りのグランドトゥルースが必要です。「現場百回」は朝礼の時に唱和するだけの標語ではありません。

これからどんな分野で研究を進めるにしても、そしてたとえ将来の研究にフィールドワークがメニューとして含まれていなくても、まずどんな世界があって、どんなことが起きているのかを、「好奇心」という虫眼鏡を片手に経巡ってもらいたいと思います。自然の不思議さを知っていれば、数値解析で出てきた成果を現実社会の事象にフィードバックする際にきっと役立ちます。

そうは言っても時間が足りないという向きには、拙著のような入門書が格好の指針になるはずです。ぜひ手に取ってみてください。

吉川賢(よしかわ・けん)

1949年奈良県生まれ. 1978年, 京都大学大学院博士課程修了. 高知大学農学部講師, 内蒙古農業大学客員教授, 岡山大学農学部教授などを経て, 岡山大学名誉教授. 日本沙漠学会会長, 日本緑化工学会理事, 国際緑化推進センター理事, 黄砂問題検討会委員, 途上国森林再生技術普及事業委員会委員などを歴任.
著書に『砂漠化防止への挑戦』(中公新書, 1998, 技術・科学図書文化賞優秀賞)『風に追われ水が蝕む中国の大地』(編著, 学報社, 2011)『沙漠学辞典』(編集代表, 丸善出版, 2020)『森林に何が起きているのか』(中公新書, 2022)などがある.