2022 07/04
私の好きな中公新書3冊

調査地の今昔、調査法の今昔、そして恐竜たちの今昔/田中康平

柿沼陽平『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』
吉川公雄『サバ紀行 その人間的記録』
浅間茂『カラー版 虫や鳥が見ている世界―紫外線写真が明かす生存戦略』

私は恐竜の研究をしているので、コロナ前までは化石がたくさん見つかる外国にしばしば出かけていた。古生物学者の訪れる外国はキラキラした観光地ではなく、人家まばらな郊外や砂漠である。辺鄙な地域でも、田舎は案外落ち着く。初めてやって来たくせに、「なつかしいなあ」とお盆に帰省した息子気取りである。田舎にはその国の原風景がたくさん残されていて、古代から脈々と続く人々の息遣いが感じられるのだ(...と勝手に妄想する)。

『古代中国の24時間』は、私が中国の田舎を訪れた際に錯覚した「心のふるさと感」の理由を紐解いてくれるようだった。主に庶民の生活や風俗が分かりやすくまとめてあり、秦や漢の人々も現代と似たような悩みを持ち、喜び、悲んでいたことがわかる。宴会の席決めにしろ、口臭の予防にしろ、古代から連綿と続く日常風景であることに気が付く。こういう日常が存在し、強い既視感があるから、田舎は懐かしく感じられるのだろう。

地元の方々との交流は野外調査において欠かせない要素である。彼らが有力な情報を持っている場合があるからだ。『サバ紀行』は今から60年も前の東南アジアでの学術調査の記録だが、現地の人々との交流が生き生きと描かれ、フィールド型の研究の面白さが存分に味わえる。本書を読むと、現地を粘り強く訪問して情報を探す、という野外調査の基本は今も昔も同じであることがよくわかる。

さて、研究者が現場に赴いて集めたデータはパズルピースのように合わさり、最終的に仮説が生まれる。私は恐竜の進化や生態に興味があり、そのパズルを完成させようともがいているから、『虫や鳥が見ている世界』は大変興味深かった。鳥とヒトでは、見ている景色が異なるらしい。恐竜ではどうだったんだろうと想像が膨らむ。鳥は恐竜の生き残りだから、恐竜の視力や色覚は鳥類のそれに近いかもしれない。研究のヒントがもらえそうな一冊だ。

野外調査地の今昔、野外調査法の今昔、そして恐竜たちの今昔。私がこのエッセイで何を言いたかったのか。どんな次元においても、「今と昔は繋がっている」ということである。うん、いかにも古生物学者っぽいまとめ方だ。

田中康平(たなか・こうへい)

1985年名古屋市生まれ。2017年カルガリー大学地球科学科修了(Ph.D.)。筑波大学生命環境系助教。恐竜の繁殖行動や子育ての研究を中心に、恐竜の進化や生態を研究している。主な著書に『恐竜学者は止まらない!読み解け、卵化石ミステリー』(創元社)、『恐竜の教科書』(共監訳、創元社)、『いまさら恐竜入門』(監修、西東社)など。NHKラジオ「子ども科学電話相談」の回答者としても活躍中。