- 2021 05/27
- 私の好きな中公新書3冊
柳川孝二『宇宙飛行士という仕事 選抜試験からミッションの全容まで』
北村一真『英語の読み方 ニュース、SNSから小説まで』
宮崎市定『科挙 中国の試験地獄』
2021年秋、13年ぶりにJAXA宇宙飛行士の募集が始まる。現在、その準備をする自分にとって、選ぶ本もまた、宇宙飛行士選抜に生かされるであろうものになっている。
『宇宙飛行士という仕事』には宇宙飛行士に求められる資質や選考に至るまでの経緯が記されている。ソ連のガガーリンは、ロケット設計技師長のコロリョフから研究熱心で力強い部分が評価され、さらに「低身長である」という当時の宇宙船の設計上、必要な要素も満たした。映画「ライトスタッフ」では、アメリカ初の宇宙飛行士選抜試験が描かれているが、月面に一歩を標すことになるニール・アームストロングを選抜した第2期募集も興味深い。行き過ぎた医学検査や心理テストは無くなったと書かれてはいるが、それでも摂氏60度に保たれた小部屋にどのくらい滞在できるかという高温耐久試験は、自分がどれだけ耐えられるのだろう、特異な状況下で何を思うのだろうという興味と恐怖が入り混じる。
著者の柳川氏は2008年JAXA宇宙飛行士選抜試験の選抜事務局長をされた方で、選抜の過程や評価基準、審査体制なども至極詳細に綴られている。「今回は有為な人材の多数の応募を期待して「入り口」の基準をなるべく低くした」という一文には、あれで低いんだ......、と少しへこむ。選抜試験に関しては、何度も読んだはずなのだが、また読み出すとどれだけ考え抜かれた試験なのだろう、どう立ち向かえばいいのだろうと襟を正す気持ちになる。
巻末には著者と若田光一さんとの対談が収録されている。印象深かったのは「失敗」についての話だ。若田さんのNASAでの最初の1年、分厚いマニュアルを予習し、システムを理解し、できることは全てやって臨んだにも関わらず、英語が聞き取れず成果が出せなかったそうだ。帰りの車中で「鳩ぽっぽ」を口ずさんだというのはいかにも人間的で、その気持ちはどんなものであったのだろうかと自分の経験を重ねて心がズキズキする。その後、試行錯誤して道を切り拓かれ、結果的には訓練が「楽しくて仕方がない」という状態にまで持っていかれたということで、その努力と人間力に尊敬の念しかない。
宇宙飛行士は、海外の宇宙飛行士、エンジニア、研究者たちと仕事をする。そのため英語力は必須であり、『英語の読み方』は勉強になった。例えば新聞やニュースの見出しをこれまでは大枠を掴めればいいだろうと適当に読んでいたが、be動詞の省略を気にしてみると、きちんと理解できることがわかった。速読も、熟読も、曖昧にしてきた自分。読めていないことを教えていただいた一冊だ。
「試験」つながりで最後にご紹介するのが『科挙』である。中国で1300年以上続いたスーパーエリートになるための人生をかけた試験だ。髭さえ剃っていれば40~50歳の老受験生が14歳以下の童子で通ってしまうというのにクスクス笑ってしまったり、カンニングが横行した際は、受験者が持参した饅頭を割り餡(あん)の中まで厳しくチェックしたという試験事務担当者の執念を感じたり、とても楽しませていただいた。
科挙においては、膨大な量の漢字を学び、どれだけ美しい漢詩を創作できるかも重要で、受験者たちは本当に小さい頃から漢字を学び始める。初学者向けで、「千字文」という、その名の通り1000字から成り立ち1字も重複していない漢詩があるのだが、それは「天地玄黄 宇宙洪荒」から始まる。「天は黒(玄)く地は黄いろ 宇宙は広(洪)く、はてしない(荒)」という意味である。宇宙という言葉に敏感になっている個人的にはなんだかホクホクとしたものを感じた。
どうしても仕事で必要なもの、なりたい自分を重ねて本を選択することが増えてきた。だがときには興味の赴くまま読書を愉しむ時間を持ちたい。そんな読書が人生を豊かにしてくれると思う。