2021 01/27
著者に聞く

『アジアの国民感情』/園田茂人インタビュー

 昨秋に刊行された『アジアの国民感情』は、他国に抱く意識・感情・心理について、データから明らかにした作品です。対象国は、日本、中国、韓国、台湾、香港、ベトナム、フィリピン、タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポールなど。東アジアだけでなく、今まで調査が行き届かなかった東南アジアにも及びます。
 著者・園田茂人氏は、10年以上にわたるデータの継続調査の中心人物。多くの人たちが、何となく思ってきたことが数字として確定され、あるいは、まさかといったことがデータから浮き彫りになっている。

――『アジアの国民感情』で使用した調査データから明らかになったことで、園田さんが驚いたことを3つ挙げてもらえますか。

園田:大規模な調査を3度行い、その都度驚いたことは違うのですが、第1波調査で驚いたのは、アジアにおける地域統合を牽引してきたASEAN諸国で、必ずしも加盟国同士の対外認識がよくないことでした。

詳細は本書の第2章で紹介していますが、域内の政治、経済、文化を統合しようとする政治的な掛け声は大きいものの、留学や就職など実利的な選択に係る領域では、域内の他国に対する評価が低い。唯一の例外がシンガポールですが、それ以外の地域では、対外認識がさほど高くない。ASEAN諸国の研究者にこの点を指摘すると、「それはそうだろう」というのですが、今までこうした事実をデータによって裏付けた議論がなかったので、まずびっくりしました。

 次に、第1章で紹介した、中国に対する評価をめぐるアジア域内での温度差です。第2波調査から中国の台頭に対する質問項目を入れたのですが、日本、台湾、ベトナムが中国に対する警戒感が強いとすると、タイやマレーシア、インドネシアではその逆。ラオスやカンボジアが調査対象国になっていれば、もっと親中的な姿勢が表れたと思うのですが、このように同じ中国(の台頭)を眺めていても、地域によって評価が異なることに、半分納得しながらも、やはりびっくりしましたね。

 最後に、アジア域内に共通の「経済発展のモデルとなる国がない」という点です。この質問は第3波調査で入れたのですが、回答は相当にバラついています。米中対立が激しい中で行われた調査で、中国人学生の3分の2以上がアメリカを経済発展のモデルと見なしていると回答したのにもすごく驚きました(図1参照)。

――21世紀に入りアジアで顕著なのは、中国の台頭です。ここでの調査結果からは、政治・経済的に大国化する中国について、どういったことが言えますか。

園田:経済的な恩恵については、総じて高い評価をしているものの、これが中国の自国への影響にどのように結びついているかについては、国・地域によって異なります。若者を中心にした反中運動が起こった香港・台湾でも、実は中国の経済成長については比較的高い評価がされています。これに警戒的な視線を投げかけているのはベトナムくらいといってよい。

他方で中国の台頭が政治・安全保障での懸念材料になっているとする意識は、今回の調査対象地域で比較的広くみられています。特に中国語を解する人たちの方で中国の自国に対する影響を否定的に見る傾向があるというのは、中国の指導部にとって決して好ましい結果とはいえないでしょう。

 問題は、こうした調査結果が中国国内で紹介されることが少なく、海外メディアの悪意に基づくものだと解する傾向がみられることです。学生を対象とした私たちの調査でも、中国がもたらすインパクトについては、中国国内と周辺地域では大きな温度差がみられており、今後ともこの点に注意が必要だと思っています。

――中国に関連して、アメリカへの調査と比較して、ご本では述べています。中国とアメリカについてアジア各国は、それぞれどのような感情を持っているのでしょうか。

園田:総じて中国の時代が来ると思っていながらも、実際の留学や就職、言語や大衆文化の受容などでは、圧倒的にアメリカのプレゼンスが大きい。どの国でも将来、中国がアジアでの影響力を強めるだろうと思われているものの、調査対象者はそのための準備をしているように思えないのですね。

 他方で、多くの国で自国に対する中国の評価とアメリカの評価は正の相関を示している。中国を評価するからアメリカを評価しない、あるいはその逆というパターンは見られないのですね。実際、ASEANの多くの国々は米中対立を歓迎しておらず、どちらかに与するという姿勢が見られません。

ただ、日本や台湾、香港、ベトナム、フィリピンなどは明らかにアメリカ側に付いているとする回答結果が多くみられるなど、アジア域内ではまだら模様がみられます。もっとも、アメリカの企業で就職したいと思っている者の多くはトランプ大統領を評価していないなど、アメリカの「どこ」を見るかによっても、アメリカへの評価が異なっていますので、細かな注意が必要です。

――これから10年ほどで、GDPの世界1位がアメリカから中国に入れ替わるといった予測が出ています。これに関連してアジア各国は、中国へ“すり寄っていく”ことはあるのでしょうか。

園田:当然あると思います。特に経済的なプレゼンスは無視できないので、どうにか中国とうまくやっていこうと考えるはずですし、調査結果からもそうした傾向は読み取れます。

 他方で、今の中国の政治体制を評価している国・地域は少なく、特に東シナ海での領土問題を抱える地域は、中国の大国化を相当に警戒している。中国経済との結びつきを強化したいと考えているマレーシアやインドネシアで、中国「人」――その場合の中国人とは国内にいる華人を意味していると思いますが――に対する警戒感がみられるなど、事情は複雑です。

――一昨年から、中国の政治的な締め付けが厳しくなり、特に香港はクローズアップされました。こうした政治的な動きについて、香港・台湾をはじめアジア各国はどのように見ていますか。

園田:国全体で調査をすると、それほど特徴は表れないかもしれませんが、私たちが行った学生対象の調査だと、厳しい評価が得られています。

興味深いことに、香港では中国大陸への評価が厳しくなるにつれて、日本や台湾への評価が高くなっています。タイの社会運動は、明らかに香港の影響を受けている。その意味で、中国の強圧的な姿勢は、アジアの政治的変化に刺激を与えているといってもよいでしょう。

――日本についてのアジア各国の意識はどうですか。

園田:中国と韓国の対日感情は厳しいですが、それ以外の地域では、日本への評価が高くなっています。東南アジアのすべての国で、日本の影響を最もよいとしています。ユニークなのは日本と台湾の関係。双方ともに、相手の自国への影響を最も肯定的に評価しています。ただ、台湾の優秀な学生は、やはり米英への留学や企業での就職を望む傾向が強く、アメリカへの評価同様、細かな注意が必要です。

――アジア・太平洋戦争で戦火を被ったアジア各国は、日本への印象が悪いと考えられてきました。なぜ転換が見られたのでしょうか。データからはどのようなことが言えますか。

園田:もちろん戦争が終わってから時間がたち、世代交代が起こったということもありますが、1977年の「福田ドクトリン」のような戦後日本のアジア、とりわけ東南アジアへの姿勢が徐々に評価されていったという点が重要かと思います。中国と韓国の場合、日本人や日本文化との接触が対日評価を高める効果を示していますが、東南アジアの多くの国では、こうした効果がみられません。それだけ対日評価が高いということなのだと思います。

 若者にとって重要なのは、YouTubeなどのSNSを通じて日本にやってきた人たちの発信する情報が日本に肯定的で、その結果「自分も日本に行きたい」とする感情が生まれていることだと思います。特にフィリピンにはそうした傾向が強い。現在、私が指導しているフィリピン人博士課程学生は、この点に焦点を絞った博士論文を執筆しているところです。


――日韓関係は険悪だとよく言われますが、データもそれを裏付けています。他の各国では隣国との関係は、どうでしょうか。

園田:先に述べたように、日本と台湾のように大変に良好なところもありますが、これは例外。そうでないところが大多数です。険悪な隣国間関係は、日韓以外に、中国とベトナム、中国とフィリピン、インドネシアとマレーシアです。中国とベトナム・フィリピンは南シナ海での領土問題を抱えているので理解しやすいのですが、興味深いのがインドネシアとマレーシアの関係ですね。

両国ともイスラム教徒が多く、人種的にはマレー系が多い。中国系が経済を牛耳っていることに対する反発が見られつつも、包括型政党(キャッチ・オール・パーティー)が政治を支配しています。これほどまでに似た特徴を持っていながら、両国ともに相手をあまり快く思っていない。インドネシア大学で成果を報告する機会があったのですが(写真1参照)、この点を指摘すると、聴衆の中からは「日韓関係に似ているのではないか」と言われ、なるほどと首肯しました。

写真1 インドネシア大学での講演風景(2019年9月6日)

――他方で、隣国ながら日本と台湾の関係は、きわめて良好という特異なデータがでています。これについてはどう思われますか。

園田:日台ともに、相手国の自国への影響を最もよいと評価している、アジア域内では例外的によい関係です。それには、(1)台湾における民主化と「台湾化」の進展によって、結果的に日本の植民地支配への否定的評価が弱まった、(2)人の移動も頻繁で、人的接触が相手国イメージをよくする相乗効果が発揮されている、(3)アメリカの影響を強く受け、中国や韓国といった共通の「嫌な隣国」が存在している、といった様々な要素が関係していると思います。相手に災害が起こった時に真っ先に支援するといった「国家間関係」の良好さも、もちろん関係しているでしょう。

――韓流ドラマや映画のヒットが続いていますが、その影響はどうでしょうか。

園田:北東アジアではさほどではないのですが、東南アジアにおける韓国へのイメージは大きく改善しています。これも韓国の大衆文化のもつ力が大きい。他方で北朝鮮に対するイメージはどこでも悪いので、北と南のイメージギャップは大きくなっています。

――日本のアニメやマンガの影響はどうでしょうか。

園田:中韓のように、対日感情が厳しい地域では、日本のアニメやマンガをよく見る人たちの方で対日感情がよいといった結果が得られています。先に述べたように、東南アジアでは対日感情がよいので、これら大衆文化の影響はさほど顕著にみられません。

――日本以外の各国間で興味深いデータがあったら紹介下さいますか。

園田:中国と台湾の関係、でしょうか。台湾の若者の中国に対する評価は極めて低い。ところが中国の若者の台湾に対する評価はさほど低くありません。いわば中国側の「片思い」的状況が見られるのですね。こうした非対称性は、ASEAN域内のシンガポールとそれ以外の国でも見られますが、中台の心理的関係が抜群に面白いと思います。

台湾では両岸関係(台湾海峡を挟んだ中台の関係)をテーマにした研究領域が発達していますが、中国では台湾研究という領域はさほど発達していない(し、そもそも外国と見なして専門的な研究を行っていない)。今回の調査データは、こうした環境の違いも映し出す結果となっています。

――そもそも、なぜこうしたご本を執筆しようとしたのですか。

園田:何よりデータが興味深かったことと、こうしたアジア域内の心理的距離を概観する本がなかったからです。二国間の外交関係にあって、政治的連盟や経済的交流以外の、非物質的要因が重要になってきていることは直感的に理解できても、これを把握するには政治学や経済学でなく社会心理学を援用しないといけない。いままで、国際関係に社会心理学を利用すること自体が少なかったですから、これは誰かが埋めねばならない知的間隙だと思ったことも、執筆動機の一つです。

――園田さんが行った10年に及ぶオリジナルの調査について、簡単にお聞かせ下さい。

園田:最初は、早稲田大学のグローバルCOEプログラムを進める際に必要な基礎的資料というので、外部の専門業者を利用してデータを集め始めました。これが2007年のことです。予算の関係で日本や中国も上海のデータがないというので、2008年には学生と一緒にこれらの地域でデータを集めましたが、2009年には私が東京大学に異動し、調査データはそのままになっていました。

このまま放置しておくのはもったいないというので、2013年に今度は東大と早稲田の学部生とプロジェクトを立ち上げ、質問票の設計からデータ収集まで行いました。2018年には、私が東京大学で指導している博士学生(彼らはみなアジアからの留学生です)を中心にチームを作り、各地のパートーナーにもお願いしてデータを収集しました(写真2参照)。

写真2 アジア学生調査第3波調査のデータ収集責任者たち

――苦労されたのはどのような所ですか。

園田:第1波調査では資金が潤沢にあったので、専門業者を利用できたので、ほとんど苦労していません。ところが第2波以降は学生との共同作業ですから、彼らに調査法を理解してもらうだけでなく、過去の質問票の批判的検討からデータ収集、分析に至るまで、事細かく指導する必要がありました。もちろん、データを集める大学の協力がないと質問票の配布・回収ができない。いろいろな交渉が必要で、そのマネジメントが大変でした。学生諸君に集めてもらった記入済み質問票は私の研究室に保管されていますが、私は宝物だと思っています。

――今回のご本では、オリジナルの調査以外にも、アメリカで最も代表的なピュー・リサーチセンターの調査なども組み入れて、より立体的に、確度を上げて描いています。他の調査と比較して自負できるところがあれば、どういったところでしょうか。

園田:アジア域内の事情に即した質問が多くあること、特に中国の台頭に対する理解の枠組みを質問票の中に入れたことでしょう。特に国家間の関係を炙り出す質問が多くあり、アジアの国家関係に関心のある人なら、よくこうした質問を入れてくれたと喜んでくれるでしょう。

 また、調査対象を「調査対象地域を代表する大学で学ぶ(エリート)学生」に絞ったのも、この調査の利点です。世上では「一部学生に偏ったサンプルなので、国を代表することはできない」といった批判がありますが、判断が難しかったり、そもそも現実をよく知らない質問があったりすると、一般に「わかならい」とする回答が増え、データの信頼性が落ちてしまいます。

 ところが私は、事情をよく理解している学生に絞ることで、逆に比較可能で信頼性の高いデータが得られたと理解しています。彼らがどう考えているかが、将来のアジアの姿を映し出すことになるのですから、サンプリングをするにあたってこの判断は間違っていなかったと思っています。

――欧米ではこうした調査は行われていますか。

園田:学部学生と一緒にデータ収集をするなんて、欧米では考えられません。一度、ハワイ大学の社会学部でアジア学生調査の実践については報告する機会があったのですが、聞いていた教員たちは「なんて無謀なことをする」といった反応をしていました。

 データ収集に関しては、ヨーロッパでは国家間比較がしやすいスキームがあるので、結構データがあります。ただ、アジア学生調査ほど域内の関係性を炙り出す質問は用いられていません。

――アジアの若いエリートたちへの調査と言えますが、彼らに直接触れ合ったなかで得た印象には、どういったものがありましたか。

園田:同種の調査がないためか、回答してくれる際に、「いつ結果がわかるのか」といった照会をたくさん受けました。本当ならば英語でのホームページでも立ち上げて、誰もがデータを利用でき、その成果が一目瞭然でわかるような形にするのがよいのでしょうが、私が忙しすぎて、なかなか手が回りません。他国の結果も含め、結果を知りたいという反応が一番印象的です。

――アジアで初めて継続的に行った意義について教えてください。

園田:たくさんあります。まずは、漠然とそうだろうと思われていたことが、データによって可視化されました。特に東南アジアでは複数の国にまたがった、国家間関係に係る質問票調査はあまりなされていません。その意味で、私たちの研究がパイオニア的な役割を果たすことになったと感じています。

 次に、時系列で変化を追うことによって、比較的変化しにくい質問項目もあれば、その時々の状況によって回答がわかる質問項目があることが特定できました。たとえば、個々の国の自国への影響についての質問は、その時々の二国間関係などの影響を受けて回答が上下しますが、アジアに対するイメージを見ると、この10年ほとんど変化していません。また、個々の国の自国への影響に対する回答は変化しても、どの国の影響を高く/評価するかといったパターンは比較的安定しています。

 データを得ることによってアジア域内での相互認識に関する知識が増えたことは慶賀すべきことです。交換留学や共同セミナーの実施など、域内での学生の移動が増える中で、データをうまく利用した知的活動が増えていくことが期待されます。

――調査後、世界各国で発表したと聞いていますが、各地での反応はどうでしたか。

園田:欧米では、圧倒的にアジア系学生が面白がって聞いてくれました。中国系の学生は世界に広く留学していますので、マンチェスターやパリ、フライブルグなど、どこで報告会を開いても、中国系の研究者や学生がやってきては議論に参加してくれました。

 アジアでも韓国や台湾、中国、香港では複数大学での国際短期プログラムで、フィリピンやマレーシア、シンガポール、インドネシアでは単体の講演会で、それぞれ調査結果を報告しましたが、特に自国に係る報告を熱心に聞いていました。先に述べたインドネシアとマレーシアの間の微妙な関係については、両国で報告した際にフロアから指摘され、こちらがびっくりしたという経緯があります。

――今後、どのような研究に取り組んでいくか、お聞かせ下さい。

園田:私が尊敬している社会学者が以前、「体力勝負の実証分析は、せいぜい50歳前半まで。それ以降は成果をまとめ理論的に整理するのがよい」とおっしゃったのが印象に残っています。私もそろそろ還暦ですから、新しい研究にチャレンジするというより、今までの成果をまとめることを考えるべきなのでしょうね。

 ただ、今回本にしたアジア学生調査にせよ、前回本(『不平等国家 中国』)にした中国の四都市調査にせよ、三時点での時系列調査をやっていますので、今後もこれを継続してみたいという気持ちはあります。自分の体力に相談しないといけませんね。


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※なお、本書50ページの1-9はデータが誤っておりました。誠に申し訳ありません。ここであらためて掲載します。

園田茂人(そのだ・しげと)

東京大学大学院東洋文化研究所教授.1961(昭和36)年秋田県生まれ.84年東京大学文学部社会学科卒.88年東京大学大学院社会学研究科博士課程中退.東京大学文学部助手,早稲田大学教授などを経て,2009年4月より現職。専攻/比較社会学・アジア文化変容論・中国社会論.著書に『日本企業アジアへ』(有斐閣,2001年),『中国人の心理と行動』(NHKブックス,2001年),『不平等国家 中国』(中公新書,2008年.第20回アジア太平洋賞特別賞受賞)ほか多数