2021 01/13
私の好きな中公新書3冊

日記・ナポレオン・大日本帝国/urbansea

御厨貴編著『近現代日本を史料で読む 「大久保利通日記」から「富田メモ」まで』
岩下哲典『江戸のナポレオン伝説 西洋英雄伝はどう読まれたか』
加藤聖文『「大日本帝国」崩壊 東アジアの1945年』

テレビで見ていた者(高坂正堯やビル・クリントン)の名を題した中公新書が出たとき、「同時代の人物が現代史になった」――そんな気がした。なにしろ私にとっての中公新書とは歴史もののレーベルである。そこで歴史にちなんだ3冊を紹介したい。

コロナ禍の産物に、「日記もの」の出版ブームがあろう。医療従事者による非常事態の記録や、STAY HOMEする人たちの日常が綴られたものなど、様々な書籍が刊行されている。そのなかには中国・武漢にいた者の日記でも、検閲による削除を恐れながら日々公開された作家のブログを書籍化したものもあれば、共産党への感謝を随所で述べている医師によるものもある。

このように日記には記録と表明の二面性がある。本来は無造作な記録であるはずが、出版などの理由で読まれることが意識されると作為的な記述に変わっていく。『近現代日本を史料で読む』は、史料となった40以上の日記やメモのブックガイドだ。そこには後世に公開されることを意識してあらかじめ整理された『原敬日記』や、公刊に際して一部が削除された『入江相政日記』もある。そうした日記と向き合い、記録以外の目的も含めて読み解いていく面白さがにじみ出てくるような一冊だ。

2冊目に移る。昭和57年、当時小学生だった私は、新聞のスポーツ面にある打率順位表や本塁打のそれの上位に載るロッテの「落合」に興味を持った。その年から野球を見始めたためこの選手が前年の首位打者だったことも知らず、パ・リーグなので当時はテレビ中継もなく、プロ野球ニュースの時間にはもう寝ている。それゆえ、「落合」は謎の人物であった。その姿を見るにはオールスター戦を待つしかない。それまで、ひたすら新聞を通じて「落合」とはどんな打者なんだろうかと想像していたのである。

そんな私と同じように、幕末の日本には、わずかな情報から「ナポレオン」の人物像を思い描いた者たちがいた。『江戸のナポレオン伝説』はそれを書いたものだ。鎖国のため、世界の出来事は少しずつしか入ってこない。そのような状況にあっても、欧州で何かが起きていると勘づいた学者がいて、少しずつ情報が収集され、ついにはナポレオン伝が著される。こうした蘭学者たちのひそかな探究の成果が、やがて幕末の志士たちを鼓舞することになる。「ナポレオンも自分と同じ一書生ではないか」と。明治維新という歴史上の出来事に近寄ってみると、そこには好奇心があった、というのが人間的で面白い。

3冊目は『「大日本帝国」崩壊』である。敗戦のとき、日本のみならず、大日本帝国の版図であった朝鮮、台湾、満州、樺太、南洋群島で何が起きたのかを克明に記したものだ。冒頭で著者は「人や組織が持つ本質的な部分は、その最期に表れるといわれる」と述べる。本書を読み終えたとき、立ち戻ってこの一文を読み返し、ことのついでに近年の歴代政権の終わり方に思いを巡らせたりしたくなる。そんなアフォリズムだ。

urbansea(あーばんしー)

1973年生まれ。ノンフィクション愛好家。都内在住の会社員。本の雑誌社の『おすすめ文庫王国』『つくるたべるよむ』や文春オンラインなどで書籍や雑誌に関する記事を執筆。