2020 08/11
著者に聞く

『台湾の歴史と文化』/大東和重インタビュー

台南の街角から(筆者撮影)

屈指の人気観光地・台湾。リピーターも多く、コロナ禍で往来が制限されている今は特に、「台湾ロス」を感じている人も少なくないだろう。『台湾の歴史と文化』は、そんな今夏の読書にうってつけの一冊だ。

首都・台北(タイペイ)から300kmほど離れた古都・台南(たいなん)を軸に、台湾文化の来歴をたどった本書は大きな反響を呼び、「読んですぐに旅したくなった」などの感想が次々と寄せられている。著者の大東和重さんに、執筆の背景から時事的な話題まで、お話をうかがった。

――まずはじめに大東先生のご専門について教えてください。

大東:専門は、比較文学比較文化、といいます。主に日本文学と、中国や台湾、マレーシアなどの、中国語の文学との関係について研究しています。この十年近くは、台湾の日本統治期の文学について研究してきました。

――台湾文学を研究テーマに選んだ決め手は何だったのでしょうか。

大東:もう二十年前のことですが、大学院の博士課程に在学中、台湾の友人に誘われ、二年間休学して、台湾の大学で日本語を教えたことがあります。それまでは台湾の文学について、ほとんど知識がありませんでした。ですから、台湾という土地をまず経験してから、台湾に関心を持ち、さらに台湾の文学にも関心を持つようになった、という流れです。

――最初は台湾自体への興味だったのですね。本書では、「日本人が見た、日本語を通した台湾」「地方から見た台湾」「台湾と関わる人々の声に耳を澄ます」という三つの視点を大切にした、と書かれています。狙いについてお聞かせください。

大東:本書を書くときは、いわゆる客観的な視点から、概説的に台湾の歴史や文化について書く、というスタイルはとりたくないと考えました。そういう本は、伊藤潔さんの名著『台湾』がそうですが、すでにあります。また私は歴史の専門家ではないので、せっかく書くのなら、ほかにはないようなスタイルで書いてみたい、と考えました。

台湾のいちばん古い町である、台南という街を舞台に、台南と縁のある日本人や日本語を使う台湾人に登場してもらい、彼らの人生や書いたものをたどっていけば、台湾の歴史と文化について一通りの知識が手に入れられる。そんな本にしたいと考えました。生きた人物、私の敬愛する人たちが出てきて、台湾ってこんな土地なんだよ、としゃべってくれる本にしたかった、ということです。私自身が、彼らから台湾の歴史と文化を教えてもらいました。

――まさに、台南をはじめとする台湾南部の街並みや人々の暮らしが、本書では生き生きと描かれています。首都・台北とは違う、その魅力の源は何でしょうか。

台南の生鮮市場(著者撮影)

大東:台北は大都市で、地下鉄をはじめ公共の交通機関が発達していて、とても便利です。その一方で、台南は歩いて回れる小さな町ですが、一言でいうと不便ですね。ですが、その不便な生活が持つ味わい、というものが、台南にはまだ残っているのではないかと感じます。

台南については近年、いろいろな本が書かれています。本書の巻末には、戦前の台南に生まれ育った辛永清さんの本(『安閑園の食卓 私の台南物語』集英社文庫)や、台南が好きで通われている一青妙さんの本(『わたしの台南 「ほんとうの台湾」に出会う旅』新潮社)をはじめ、台南と関わる本も入れた、読書案内を作ってあります。それらの本を、一冊だけではなく、いくつか手に取っていただければ、台南の多角的な魅力が伝わることと思います。

――「台湾には行ったことがあるけれど、知らない地名やエピソードばかりだった」という読者からの反響もありました。

大東:台湾に旅行してきたという人のほとんどは、台北と九份(きゅうふん)に行ってきた、というものですね。私はたまたま仕事の関係で、最初に見た台湾の街が、台南だったわけですが、初めての旅行でいきなり台南に行く人は少ないでしょう。

ですが、二回目以降、台湾を訪れるとすれば、どこに行けばいいか。そんな候補地のガイドにもなるようにと思って、本書では離島や郊外の小さな町など、台湾のいろんな場所を舞台にしてみました。気に入った場所を訪れていただき、台湾のいろんな顔を発見していただければ嬉しいなと思います。私も行ったことのない場所がまだまだたくさんあります。

――繰り返し訪れる価値があるということですね。さて、ここからは時事的な話をいくつかうかがえればと思います。コロナ禍において、台湾は的確な初動対応で称賛される機会が多かったですが、どのように見ていましたか。

大東:台湾の友人たちから、日常生活はコロナ禍以前と同じレベルになったと聞いています。日本でも海外でも、知らない町を歩き回るのが趣味の私としては、うらましいの一言です。過去のサーズ(SARS)の教訓や、中国との対抗関係、人口のサイズなど、さまざまな要因があって、台湾は新型コロナウィルスを封じ込めています。とはいえ、記者会見など政府の広報を見ていると、激しい権力闘争のみならず、厳しい国際関係できたえられた台湾の政治家の、能力の高さや信念、メッセージの伝え方の上手さといったものを感じずにはいられません。

――このインタビューの直前(2020年7月30日)、李登輝(り・とうき)氏が逝去しました。どのような指導者だったのでしょうか。

大東:本書では残念ながら、民主化の時代以降には軽くしか触れられませんでしたが、民主化の時代の主役は、何といっても李登輝でしょう。司馬遼太郎の『街道をゆく40 台湾紀行』(朝日文庫)を読んで、李登輝という人物の魅力に触れた人は、私を含め多いと思います。

ただし、多くの台湾人から、李登輝の光と影、といった話を聞くことがあります。台湾という土地が簡単に片づけられない土地であるように、李登輝という人物も一筋縄ではいかない人物で、簡単にこういう人だというのは難しい。マレーシアのマハティール氏と同様、少なくとも単なる「親日家」ではありません。

――ありがとうございました。最後に、読者へのメッセージをお願いします。

大東:『台湾の歴史と文化』は、旅行や出張で台湾へ向かう方々の、旅のお供になるように、と思って書きました。空港の待合室や飛行機の座席、ホテルのベッドで読んでいただきたいなと。最近は修学旅行の目的地として、台湾が選ばれることも多くあります。関心を持った高校生が読めるよう、文章はできるだけわかりやすくし、ルビも多めにふりました。

今、その目的を果たすことができないのは大変残念ですが、この本は、日本人や台湾人が書いた文章を通して、昔の台湾へと旅する本でもあります。台湾については、台湾人の書いた自伝や回想を中心に、面白い本が山ほどあります。興味を持たれた時代やテーマについて、巻末の読書案内を利用して、紙上の旅をしていただき、そして再び往来が自由になったとき、思う存分、台湾各地を旅していただければ嬉しいな、と願っています。

大東和重(おおひがし・かずしげ)

関西学院大学法学部・言語コミュニケーション文化研究科教授。1973年、兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部中国文学専修卒業。東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化コース博士課程修了。博士(学術)。台湾南台科技大学専任講師、近畿大学准教授を経て現職。専門は日中比較文学、台湾文学。
著書に『文学の誕生』(講談社選書メチエ、2006年)、『郁達夫と大正文学』(東京大学出版会、2012年)、『台南文学』(関西学院大学出版会、2015年)、『台南文学の地層を掘る』(関西学院大学出版会、2019年)がある。