2020 08/06
私の好きな中公新書3冊

生物と地球の進化に出会う3冊/千葉聡

正木進三『昆虫の生活史と進化 コオロギはなぜ秋に鳴くか』
鎌田浩毅『地球の歴史(上) 水惑星の誕生』『地球の歴史(中) 生命の登場』『地球の歴史(下) 人類の台頭』
鈴木紀之『すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く』

1970年代のこと。昆虫フリークの高校生だった私が、書店で何気なく手にした一冊が、『昆虫の生活史と進化』である。コオロギはなぜ秋に鳴くのか――虫屋の心に響くこの問いかけに魅かれ、なけなしの小遣いから340円(当時)をはたいてそれを購入したのだった。

私は本書で初めて「進化」に出会った。巧妙な気候環境への適応の仕組みや、適応による種分化――進化の研究とは、状況証拠の積み重ねから自然の謎を解き、地道な観察と詳細なデータから仮説を検証することだと知った。

ずっと後になって判ったのだが、当時の日本は進化学の暗黒期で、巷で目立つ進化学書のほとんどは異端か似非物(えせもの)だった。だが本書は、今もなお失われぬ斬新さと学問的正統さに満ちている。そんな奇跡のような書を出会いの一冊として引き当てたことは、後に進化学の道を志した私にとって、廃石の山の中から偶然ダイヤモンドを拾い出したような幸運であった。

生物になぜ"適応の限界"があるのか、この疑問を授けてくれたのも本書である。

未知の分野を学ぼうとする者にとって、その分野における出会いの一冊はとても大切だ。適切な学びの道に導く書もあれば、誤解や偏った知識の泥沼に導く書もある。私の場合、進化学においては幸運にも前者であった一方、地球科学においては不運にも後者であった。当時の日本は地球科学の変革期で、私は巷で目立つ異端の地学書を出会いの一冊に選んでしまった。

そんな私が今になって心機一転、地球科学を学び直そうとして出会った一冊が、『地球の歴史』である――正確には上中下の三冊だが。

地球の生成から形成過程、現代にいたる壮大な歴史と、そこに働くダイナミックなプロセスを概観し、最後に私たちの住む日本列島の地史と環境について学ぶ。地球環境と生物が関わりつつ変化してきた歴史を知ることは、人類を含む地球上の生物の今を理解するうえで欠かせぬことも教えてくれる。

最新の知見も網羅された、初学者には最高の一冊である。

未知の分野でこのような良き入門書を見出すことは容易ではない。指標は著者がその分野の最前線で活躍する専門家であることだが、そうした著者の本は概して難解だからである。その稀有な例外――一流の研究者による分かり易い最高の現代進化学の入門書が『すごい進化』だ。

本書を貫くテーマは、生物が示す"適応の限界"すなわち"適応からは不合理に見える性質"を、あえて適応で説明することだ。これを軸に、テントウムシなど昆虫を中心とした多彩な研究事例から、幅広い進化学の概念や知識を学ぶことができる。

さて先日、知り合いの昆虫フリークの高校生に、進化について学ぶのに何か良い本はないか、と聞かれたのだが、その時に迷わずこう言って薦めたのも本書であった。

"この本に出会って幸運だった――いつかそう思う時がきっと来る"

千葉聡(ちば・さとし)

1960年生まれ。東北大学東北アジア研究センター教授、同大学大学院生命科学研究科教授(兼任)。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。静岡大学助手、東北大学大学院准教授などを経て現職。専門は進化生物学と生態学。『歌うカタツムリ』(岩波科学ライブラリー)で毎日出版文化賞を受賞。他の著書に『進化のからくり』(講談社ブルーバックス)など。