2018 12/19
私の好きな中公新書3冊

書棚の中にある深緑の存在感/柴野京子

川本三郎『銀幕の東京 映画でよみがえる昭和』
佐藤卓己『言論統制 情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』
廣野由美子『批評理論入門 「フランケンシュタイン」解剖講義』

平凡なサラリーマン家庭にしては本の多い家で、二階の書棚の一角には、パリパリに変色した硬いビニールカバーの尾崎秀樹『ゾルゲ事件』がいつも同じ場所にあった。実家を売ったとき引き取って、未だに読んでいないが、背表紙は変わらずこちらを睨んでいる。中公新書の深緑の存在感は、棚の中で今も格別だ。

中央公論の名編集者・粕谷一希のもと、雑誌『東京人』が創刊された80年代後半から90年代にかけて、東京・都市論は大いなる収穫期だった。在野の書き手では『モダン都市東京』(中公文庫)の海野弘、その文庫版で解説を書いた川本三郎の両氏が代表格といえるが、映画を素材にした『銀幕の東京』は、数多い川本氏の著作の中でも『大正幻影』(岩波現代文庫)と並ぶ好著だ。ノスタルジーを禁欲しつつ、丹念に丁寧にスクリーンの東京風景を追い、綴るまなざしの愛情の深さは、あまたの散歩本とは比ぶべくもない。

『言論統制』は、戦時の言論統制機関である内閣情報局の悪名高き情報官、鈴木庫三の伝記である。新聞界、出版界を牛耳る非道な将校として、しばしば当事者の回想に登場する鈴木という人物を、手記を手掛かりに広範な資料から掘り起こし、彼の正義がどこにあったのかを問う。そこで明らかにされる苦学ゆえの絶望と戦略は、むろん歴史を正当化する根拠にはならないが、する側、される側の二重の悲劇を、構造的に理解する問題提起として必読。著者一流の熱量が、448ページというボリュームに溢れんばかりである。

「小説の読み方には、小説の内へ入ってゆく方法と、小説から外へ出てゆく方法とがある。」
これほど明快な書き出しの本が、一体どこにあるだろうか。しかもこれは「まえがき」なのである。内容についてはすでに折り紙付きだが、『批評理論入門』のすごさは、とにかくこの切れ味すばらしい文体にある。すべての議論が、よくできたレジュメのように整理され尽くされていて、なおかつ読み手を引き込んで離さない。厄介な概念がすらすらわかって、まるで自分の頭がよくなったかのようである。名著とはかくあるものなり。

柴野京子(しばの・きょうこ)

1962年生まれ。出版取次会社勤務ののち、東京大学大学院学際情報学府博士課程満期退学。同大学院人文社会研究科特任助教を経て、現在、上智大学文学部新聞学科准教授。著書に、『書棚と平台――出版流通というメディア』『書物の環境論』(いずれも弘文堂)、共著に『公共図書館の冒険』(田村俊作・柳与志夫編、みすず書房)、『文化社会学の条件』(吉見俊哉編、日本図書センター)ほか。