2018 08/20
特別企画

中公新書の蒐集の世界/溝口哲郎

著者の中公新書コレクションの一角。

中公新書が1962年11月以来刊行され、2018年8月で2500冊を突破することになった。筆者は自分なりのこだわりをもって中公新書を蒐集し、(筆者自身が確認する限り)全点所有するに至った。そこで中公新書の蒐集という点から、2500点が刊行された中公新書の魅力について語ってみたい。

まず、なぜ蒐集対象として中公新書を選んだのか、その理由を簡単に述べよう。中公新書は岩波新書、講談社現代新書とともに新書御三家と呼ばれ、内容のバラエティが豊富で、学術と一般の架け橋として日本人の教養を支えてきた。そして中公新書は刊行から56年が経過し、既刊2500冊の中公新書はすべてリスト化され、探書がしやすい点も魅力的である。毎年刊行される目録も、品切れなどの確認のために欠かせないが、特に創刊50周年記念の際に書店にて配布された『中公新書総解説目録』は、増補版や改版の情報も完全に網羅しており、これから中公新書を蒐集したい人にとっては必携の目録である。

蒐集家としてのビジュアル面でのこだわりは、装幀と帯の組み合わせの妙にある。中公新書の装幀は深緑色と白色が基調で、それに合わせた帯の組み合わせはジャンルごとに色分けされ、時代ととともに変遷してきた。特に帯には、中公新書編集部が練りに練ったキャッチコピーなどが記されており、作り手の気合を感じることができる。また、帯自体が本の装丁の一部として中公新書の存在感を高めており、帯がない中公新書を見ると寂しさを感じる読者もいるのではないか?

既刊分の中公新書のうち、600番台後半より1550番台までは帯の色によって大雑把なジャンル分けが可能である。内容に応じて5色(赤、茶、黄、黄緑、橙)になった。初期の中公新書の装幀は白井晟一氏だったが、色帯のバージョンでは、安野光雅氏のデザインとなり、帯のマークも変化している。ただし初期の中公新書は帯による色分けはなく、様々な帯の色が存在している。

帯のジャンルの色分けは、黄色帯=広く社会に関するもの、橙色帯=人と仕事・体験に関するもの、黄緑色帯=自然と科学に関するもの、赤色帯=人間と文化に関するもの、茶色帯=歴史に関するものという分類がなされており、当時の中公新書編集部がどのようなジャンルに興味を持っていたのかが、帯の色だけでわかるようになっている。

ビニールカバーで、帯はその中に入っていた頃の中公新書。

本の体裁については、創刊時から通し番号937番まではビニールカバーであり、帯がビニールカバー内に入っている形状であった。このビニールカバーは年月が過ぎるうちに劣化し、外されて裸本になっていることもある。938番以降は現在の形状となるが、1551番前後から、帯のデザインがカラフルになってきて、現在の白地基調の8.2cm帯がまかれるようになった。現在、筆者は、これら多様な形態の帯の最適な保存方法がないかかと悪戦苦闘している最中だ。

さらに初期の中公新書は、30番『豊臣秀吉』から199番『高分子物語』まで、内容の要約など、本の中身をハイライトした栞がある。この栞の入った中公新書は、古書でしか入手できないため全容を把握するのがなかなか困難であった。というのも、人の手に渡るなかで栞が失われ、また版を重ねるうちに栞自体が付属されなくなってしまったこともあり、入手の難易度が上がっていたからだ。筆者もこの内容栞については、まだ数点入手できていないものがあり、地道に探求している。そして199番以降の中公新書の中には、内容栞ではなく、小型の栞が付属したものもあり、この栞がどこまで付属していたのかについても確認中である。

当時の栞。

こうして蒐集した中公新書の保存に際し、特に慎重になるのは帯の取り扱いである。色帯時代の中公新書は、黄色・オレンジ・赤などの暖色系の帯も多く、蛍光灯や太陽光の紫外線によって帯が焼けて、帯の色が不均一になるため、背ヤケがひどくなると帯の背が白っぽくなることもある。こうなってしまうと状態の良い帯を求めて、買い直しが必要となってしまう(筆者も何回か買い直したのはいうまでもない)。さらに帯本体を水濡れや汚れ、運搬中のスレなどから保護するためにブックカバーが必要となる。

帯の保護のためのブックカバーとして筆者が愛用しているのは、グラシン紙である。亜硫酸パルプを原料とするグラシン紙は,透明度が高く、光沢があり、耐油性・耐水性の高い酸性紙だ。グラシン紙を本のカバーとして使うことで、帯および本の保護が同時に行えるため、大変重宝している。書店でつけられる紙の書皮と異なり、グラシン紙は本体が透明なため、本を探すのが容易になるのだ。ところがグラシン紙を巻いていても、直射日光などよる本のヤケを完全には防げない。そこで遮光カーテン、帯の別保存なども考えられるのだが、残念ながら費用や手間暇の問題もあり、まだ実行できていない。

右がブックカバーとしてグラシン紙を使ったもの。

以上、蒐集家の立場から中公新書の魅力について語ってみた。将来の夢は、「刊行されているすべての中公新書を番号順に並べること」である。今後の中公新書の益々の発展を祈って、本エッセイの締めとしたい。

溝口哲郎(みぞぐち・てつろう)

高崎経済大学経済学部教授。著書に『国家統治の質に関する経済分析』(三菱経済研究所)、訳書解説にレイモンド・フィスマン、エドワード・ミゲル『悪い奴ほど合理的』(NTT出版)などがある。