2018 07/19
知の現場から

佐々木俊尚の仕事場

 毎日新聞で記者として12年間働き、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍する、佐々木俊尚さん。ITから政治・経済・社会・文化・食まで幅広いジャンルで、綿密な取材をふまえた執筆を行っている。
 佐々木さんの仕事場を訪ねた。

佐々木さんの執筆部屋

 佐々木さんは、東日本大震災を機に多拠点での生活を始めた。以前から住んでいた東京に加え、長野(軽井沢)、福井に拠点を構えている。
 今回訪問したのは東京のご自宅だ。この家には、3年半前から住んでいるという。80平米ほどあって広々しているが、以前住んでいた家はさらに広く120平米ほどあった。引っ越しに際して本を半分くらいまで減らし、増えたら処分するスタイルに変更したのだという。

「軽井沢と福井には、ほとんど本は置いていません。この東京の家にあるのも思い入れのある本と言うよりは、なかなか手に入らない本を残している感じですね。あとは、書いた本の参考文献が多いかな」

佐々木さんが今読んでいるのは『負債論』(以文社)。本体6000円、ページ数は848に及ぶ。「ネットで買ったから、届いたときに分厚くてびっくりしたよ。人文書は高額なものが多いから、値段だけじゃどれくらいのページ数かわからないしね(笑)」

 非常にモノが少なく気持ちの良い部屋ですね、と感想を漏らすと、「シンプルに見えるけれど、高度なテクノロジーに支えられているのが理想」と佐々木さん。

 室内には紙がほとんど見あたらない。書類や名刺はすべてスキャンし、クラウドに保存しているのだ。請求書も、インターネットで発送するサービスを使っている。

「拠点が多いと、モノも増えると思われるでしょうが、逆に減っていきました。3つの場所で過ごすと考えたとき、最低限のシンプルな暮らしの方が、同じように生活できて快適です」という。しかし、料理が好きな佐々木さんは「肉は冷凍しておけば問題ないのだけど、野菜は腐ってしまうから、僕は移動するときだいたい野菜を持ち運んでます」と野菜には苦心している様子。

「最近は映画関係の執筆もしています。近頃では試写のために映画館に行くことは減りました。IDとパスワードを使って、ネット配信でどこでも観られるようになったんですね。拘束時間が減ったから映画について書けるようになったわけです」と笑う。

紙だけでなく、モノも全体的に少ない。サマリーポケットという収納サービスを使っているそうだ。専用の箱を購入し荷物を送ると、中身が一点ずつ写真に撮られ、閲覧が可能になる。使うときは一点から取り出し可能

 そもそも、なぜ拠点を3つ構えようと思ったのですか?

「東日本大震災のときに、東京だけを頼りにしているのを不安に思ったことと、ジャーナリズムを見つめ直したことがきっかけです。当事者がこれだけSNSなどで発信している。迫力もかなわない。そんな中で、第三者の取材というものをどう位置づけすればいいのかと、深刻に悩んだ」

 客観的な報道の意味を考えた佐々木さんは「これからは、自分の体験を書いていこうと思った。多拠点生活が人々に定着するだろうという予測のもとに、他の人より少し先に自分で実践しています。だから体験することがすべて取材だし、生活と仕事は切り離せるものではないね」と語る。

執筆のお供の文鎮。上野公園の骨董市で200円くらいで購入した。「形がちょっと変わっていてお気に入りです」

 佐々木さんは3拠点のどこで過ごすか、2ヵ月くらい前には決めている。予定もすべて自分で管理。「アシスタントなどは雇っていません。スケジュールはグーグルカレンダーで管理し、メールやライン、メッセンジャー、スラックなどは毎日チェックしています。こうした各種サービスのおかげで、一人で仕事が出来ます」

料理の本も出している佐々木さん。「料理のことを考えると頭がクリアになります。3品か4品は作ると決めていて、それぞれのできあがりが同時で、洗い物も終わっているというのを目指して料理の手順を組み立てるのが楽しいです」

 どんな風に一日を過ごしていますか、と訊ねると「日によって違いますが、たとえば、東京にいてレギュラーであるラジオの出演のない日は、6時から7時の間に起床して、ジムに行くか執筆するかしています。お昼ご飯を食べたら、また夕飯まで仕事部屋で過ごすかな」と佐々木さん。

「書き下ろしの本を書くのは骨の折れる仕事です。ラジオやテレビの出演、雑誌の原稿などの細かい仕事があって、しっかり時間がとれるということは少ないですね。短いものは、移動中でも書けるのだけど、長い文章はそうはいかない」と苦笑い。

カウンターの香辛料。キッチンも、きれいに収納されていた

 最近の関心について問うと、哲学者のミシェル・フーコーの「生政治(せいせいじ)」(Bio-politics:バイオ・ポリティクス。法などが個人に課されるだけでなく、人々が自ら国家などの権力に服従していくこと)について触れた。そして、フーコーの概念を借り、「バイオジャーナリズム」を考えているという。
「私的な生活が、公的なジャーナリズムにしみ出していくようになりました。これからはより意識的に、自分で行動して生まれてくる体験、感覚を書いていきたいと思っています」

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)など著書多数。