2018 07/02
著者に聞く

『ヤングケアラー―介護を担う子ども・若者の現実』/澁谷智子インタビュー

病気や精神的な問題を抱えた家族をケアする18歳未満の子どもや若者は、近年「ヤングケアラー」と呼ばれ、関心が高まっている。『ヤングケアラー―介護を担う子ども・若者の現実』は、その実情などについて、海外の事例なども踏まえながら丁寧に論じた一冊。著者の澁谷智子さんに、執筆の理由や日本のケアのあり方などについて話をうかがった。

―― ヤングケアラーをテーマに、一冊の本を書こうと考えた理由をお聞かせください。

澁谷:ケアを担う子どもの状況を、断片的でない形で伝えたいと思ったのがあります。ヤングケアラーについて知ってもらうには、彼らの体験や感情はもちろん、その背景にある社会状況の変化、家族の関係、学校、医療、福祉サービス、時間の経過がもたらす影響、若者の就職のあり方、他の国ではどんな対応がなされているのかなど、さまざまな要素を織り込んで見ていく必要があると感じていました。

そうしないと、ヤングケアラーの話は、単なる「美談」、あるいは大変な思いをしている一部の子どもたちの話、という扱いになってしまうからです。そうではなくて、少子高齢化や共働きの広まり、世帯人数の減少といった傾向が顕著になっていくなかで、誰もがケアを担うあるいはケアを受ける時代になってきていること、その中に、未成年の子どもや若者も含まれていることをきちんと描きたいと思いました。

――澁谷さんの前著『コーダの世界』(医学書院)は、コーダ(Children Of Deaf Adults:聞こえない親をもつ聞こえる子どもたち)をテーマとして書かれています。本書とのつながりなどがあれば、お教えください。

澁谷:『コーダの世界』では、手話や視覚的なコミュニケーションを身につけた子どもたちの経験する異文化間ギャップや親子関係などに焦点を当てました。コーダたちは、小さい頃から通訳を求められることが多くあります。その通訳も、親戚の集まりでの会話の通訳から、病院や銀行や不動産契約が絡むような話の通訳まで、非常に多様です。中には、年齢に合わないような通訳をしてきた人たちも多くいました。

コーダたちの話を聞いていく中で、子どもであることと、本来ならば大人が担うような責任や判断を負うことが、子どもにとってどんな経験として認識されているのか、興味を持つようになりました。これは、今回の本の中でも、丁寧に書きたいと思ったポイントです。

――ヤングケアラーは孤立しやすいといった点が本書では指摘されています。周囲には、たとえばどのような対応が求められるでしょうか。

澁谷:まずは、ヤングケアラーたちが、ケアに関することや自分の気持ちを安心して話せるような環境を作っていくことが大切です。学校や地域の中で、「この人なら」「ここなら」ケアのことを話していいんだ、と子どもたちが思えるようにしていければと考えています。

そのためには、患者だけ、あるいは要介護者だけを見るのではなく、その人がケアを必要とするようになったことで、その人がそれまで家族の中で果たしていた役割はどうなったのか、その役割を満たすためにはどんなサポートが必要なのか、そうした視点で見ていくことが重要です。さらには、ケアの経験を持つ子どもや若者同士をつないでいく仕組みも作っていく必要があると思います。

――イギリスでの取り組みが本書では紹介されています。環境の違いなどもあるでしょうが、特に学ぶべきところなどがあればお教えいただけますか。

澁谷:イギリスでは「どんな福祉サービスも、子どもの過度なケア役割に頼ってはいけない」と言われています。日本でも、社会保障関連の財政はどんどん厳しくなる一方ではありますが、それでも、そのしわ寄せを未成年の子どもに引き受けさせる制度であってはいけないと思います。

――本書の末尾で、今後の日本社会ではケアを経験する人が増えていくことが触れられています。人口減少社会の中で求められる取り組みや考え方についてお聞かせください。

澁谷:すべての人がケアを担うことを前提に、働き方や働くことへの準備を組んでいく必要があると思います。時間も体力も気力も有限です。賃労働だけにすべてを注ぐような働き方ができる人は少数派になっていきます。お金を稼ぐ仕事においても家の中の仕事においても、これまで一人の人が専従で担っていた役割を、複数の人で分担したり、必要に応じて交代したりできるようにしておくことが、大切になってくるような気がします。

――今後のお仕事や研究テーマについてお教えください。

澁谷:地域で子どもや若者をサポートしている人々の取り組みと、そこで生まれているコミュニティについて、研究していきたいです。

――読者へのメッセージをいただけますか。

澁谷:子どもに比べれば、大人は、長い文章が読めたり、車の運転ができたり、情報を集める方法を複数持っていたり、より長い目で物事を考えられたり、できることは多いと思います。特別なことではなく、そのちょっとしたことで子どもや若者の不安を小さくすることができるという意識をもって、ヤングケアラーの話を聞き、その手助けをしていっていただけたら嬉しいです。

澁谷智子(しぶや・ともこ)

1974年生まれ。東京大学教養学部卒業後、ロンドン大学ゴールドスミス校大学院社会学部Communication, Culture and Society学科修士課程、東京大学大学院総合文化研究科修士課程・博士課程で学ぶ。学術博士。日本学術振興会特別研究員、埼玉県立大学非常勤講師などを経て、成蹊大学文学部現代社会学科准教授。専門は社会学・比較文化研究。
著書に『コーダの世界』(医学書院、2009年)、論文に「ヤングケアラーを支える法律――イギリスにおける展開と日本での応用可能性」など。