2018 06/27
都市の「政治学的想像力」

(第19回)住宅問題が生み出す分断

学校税の課税強化に反対する看板。同地区選出の法務大臣も名指しされ、中国語の表記も見える。

前回書いたように、バンクーバーでは集合住宅の供給を進める一方で、住宅や土地に対する投機の抑制を狙って、さまざまな政策が提案されています。最近の提案で物議をかもしているのが、「学校税(school tax)」と呼ばれる課税の強化です。地元の教育は、地元の財源を使って行う原則があるので、学校税自体はもともと固定資産税に含まれますが、現在、物議をかもしているのは、特に価格の高い住宅に住んでいる人への課税を強化して、それを財源に学校教育の整備を充実させる提案がされたからです。

学校税に付加される新たな課税の内容は、一戸建て住宅あるいはタウンハウスと呼ばれる一つの敷地に数家族が住むような小規模な集合住宅に対して、300万カナダドルから400万カナダドルの部分には0.2%の賦課を、400万カナダドル以上の部分には0.4%の賦課をかけるものとされています(100万カナダドルがだいたい1億円弱)。そのため、たとえば400万カナダドルの住宅に住む人にとっては、だいたい年間2000カナダドル(20万円弱)、500万カナダドルの住宅であれば、6000カナダドル(60万円弱)程度の増税になると考えられます。

この増税に対する反応は、真っ二つに割れていると言ってよいでしょう。片方で、入手可能な住宅(Affordable housing)の供給を重視する人々は、この増税によって高価な住宅の価格が下がり、住宅が人々の手に届きやすくなると歓迎します。とはいえ実際、3億円の住宅はアフォーダブルとは言えないわけで、この増税によって得られた税収を学校整備に使うという方向が歓迎されているというべきでしょうか。少数の人々に負担を求めて、それを用いて多数の人々に便益を薄く広く配分する政策なので、熱烈に賛成する人は(主唱者となるような社会運動団体を除いて)あまり目立たないものの、例えばこの記事のようにサイレントマジョリティは賛成なのではないか、という論調もあります。

日本の地方自治体でも、例えば産業廃棄物に関連するもののように、負担者が少なく(主に産廃業者)、財源が不法投棄の監視のように薄く広く行きわたる便益に用いられる課税が実施されることがあります。日本の地方自治体で、このような課税が始まったころは、支持率の高い知事が主導して決定する傾向がありました(詳しくは拙著『地方政府の民主主義』第6章をご覧ください)。そして、ブリティッシュコロンビア州でも昨年の政権交代を受けて成立した新政権が、「富裕層」をターゲットにしつつ、住宅問題へのこれまでとは違う取り組みを見せて幅広い層からの支持を得ようと躍起になっているところがあります。

反対する側は、このような「狙い撃ち」が不公平だと主張しています。増税を提案する新民主党のリーダーの一人(法務大臣)は、住宅価格が極めて高いポイントグレイ(Point Grey)という地区から選出されており、税について選挙区で行ったタウンミーティングが、大変紛糾していた様子も報道されていました。

反対する人々の主張で最も傾聴すべきは、住宅の所有者が必ずしも住宅価格上昇から利益を得ているわけではないという点でしょう。つまり何十年も前に安く購入した住宅が、近年の住宅価格上昇で紙の上で資産価値が暴騰しているだけなので、所得という面から言えば所有者の多くは富裕層ではなく、このような増税に耐えられない、ということです。もちろん、住宅を売却すれば現金化できますが、その場合は慣れ親しんだ土地から離れなくてはなりません。

バンクーバーでは住宅問題が深刻になる中で、このような分断が顕在化しつつあるように思います。これまで問題になってきたのは、外国からの投機的な資金流入やそれが生み出す空き家など、ある意味で分かりやすい外部の「敵」を作るものでした。それがレイシズムのような新たな問題を引き起こすという批判がある中で、焦点が内部の「富裕層」――所得という面では必ずしも富裕ではない――に当てられたことは大きな変化であるように見えます。このような分断をもたらす住宅価格上昇は好ましくないものの、それはブリティッシュコロンビア州の経済成長のエンジンでもあり、経済に打撃を与えるような極端な価格抑制もできない、というジレンマを抱えているのです。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、現在、神戸大学法学部教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書、サントリー学芸賞)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、『分裂と統合の日本政治』(千倉書房、大佛次郎論壇賞)。共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。