2018 06/11
著者に聞く

『明治の技術官僚』/柏原宏紀インタビュー

イギリス滞在中の長州五傑。前列の左下から時計回りに、井上馨、遠藤謹助、井上勝、伊藤博文、山尾庸三。

理系の知識や技術を持ち、政策の立案や実施を担う技術官僚。西洋化に邁進する明治日本において重要な役割を果たしたにもかかわらず、彼ら技術官僚の活躍はあまり知られていない。『明治の技術官僚 近代日本をつくった長州五傑』を著した柏原宏紀さんに、執筆の狙いや苦労をうかがった。

――今回のテーマに関心を持ったきっかけは。

柏原:大学院時代から、日本が驚くべきスピードで近代化したことに関心があって、明治政府の殖産興業政策を研究しています。特に鉄道や電信などの西洋化事業を積極的に推進した「工部省」という役所を研究しているのですが、その中で、この役所で、当時貴重な西洋に通じた人材、理系知識を西洋で学んだ官僚が大きく活躍していたことに興味を持ちました。その代表格が本書で取り上げた山尾庸三や井上勝という人物だったわけです。彼らは現代の技術官僚の先駆けのような存在であり、長州五傑の中の2人でした。

――サブタイトルある「長州五傑」は、一般にどの程度知られているのでしょうか。

柏原:幕末にイギリスへ命懸けで密航した5人の長州藩士のことで、もともとは西洋の進んだ技術を学んで「生(いき)た器械」として戻ってくることを目標としていました。「長州ファイブ」と呼ばれることが多いですが、あまり5名ひとくくりでは知られていないようにも思います。

個別には、伊藤博文と井上馨は有名ですが、井上勝、山尾庸三、遠藤謹助の3名については知名度が低いようです。有名な2名は政治家として名を上げ、残りの3名は鉄道や造船、造幣などの分野で技術官僚として活躍しました。映画にもなっていますが(2006年公開の「長州ファイブ」)、5名全員の知名度を上げるほど、多くの人が見たわけではなかったようです。せっかく山尾を松田龍平さんが演じていたのですが。

――五傑の中で、特に思い入れがあるのは誰ですか。

柏原:山尾庸三ですね。大久保利通など有力政治家の反対で、当初独立した一省庁としての工部省の創設がなかなか認められませんでした。中堅の官僚に過ぎなかった山尾は抗議の辞表を出しましたが、何と彼の造船技術が貴重で辞めさせられないことを理由に工部省が設立されたのです。山尾の個性としても面白いですが、技術の持つ意味も考えさせられました。その後、技術も有する幹部官僚として、工部省の政策展開に大きく貢献しますが、その手法も現代では考えられない過激な内容も含まれていました。

一方で、彼には政治家となって力を発揮しようという野心がほとんど見受けられません。西洋をモデルとした諸事業を一途に進めたいという目的があっただけで、そのような生き方も面白く感じました。しかし、工部省長官を退任すると活躍の場を失ってしまい、後半生は政府内で大きな役割は果たせませんでした。人の一生についてもいろいろ考えさせてくれます。

――一般向けの書籍は初めてですが、執筆で苦労された点は。

柏原:日頃の研究対象をわかりやすく書くことは予想以上に難しかったです。例えば、今の財務大臣、次官にあたるのは、明治初年では大蔵卿、大輔です。この名称や制度そのものをまず説明しなければいけないところが大変です。前提に関する説明が長いと論旨が追いにくくなり、説明がないと論旨がわからなくなるので、そのバランスが難しかったです。

また、先行研究の示し方も苦労しました。論文では根拠を註などでいちいち明記しますが、一般読者はあまりそれを期待していないことが多いです。研究者としてはできる限り出典を示したいという気持ちが強く、結局は本文中で数多く出典を明示することになってしまいました。

――特に注目して読んでほしいのはどこでしょうか。

柏原:あまり知られていない3名の技術官僚の果たした役割について、まずは注目してほしいですね。海外での留学経験などをもとに、鉄道、造船、造幣分野での技術を活かしながら、それぞれに活躍し、その技術が古くなる中で辞めていくという、当時の技術官僚としての部分です。

また、「五者五様」とも言える、5名のそれぞれの個性的な生き様にも注目して、読者の皆さんのこれまでを振り返ったり、自身の性格などを念頭に置いたりしながら、どのタイプに近いのかを考えてみるのも面白いと思います。個人的には、昔は伊藤博文のようなタイプが人気だったと思いますが、最近では、遠藤謹助のように、強い主張をほとんどすることなく、与えられた仕事を淡々とこなしていくようなタイプに共感する読者も増えているのかもしれないと感じています。

――今後のご関心やテーマについてお聞かせください。

柏原:もともとのテーマである工部省の研究を続けて進めたいです。私は、法学部で研究を始めて、その大学院で学位を取得し、文学部で古文書を学んで非常勤講師もさせていただき、経済学部の教員として採用いただきました。3つの学部で研究・教育に携わってきましたので、本書で焦点をあてた「専門性」は何なのかと考えさせられたりもしますが、いろいろなアプローチや視角を学ぶことができて面白い、という実感もあります。このような経歴を私にもたらしてくれたのは、間違いなく工部省というテーマです。なかなか難しいですが、各学問分野の理解を深めてそれを活かしながら、工部省研究を少しずつ前進させたいと思います。

――読者へのメッセージがあれば。

柏原:幕末から明治を取り上げた本ですから、現代に直接何か提言をしたりするようなものではありません。しかし、現代の日本の課題について考えるきっかけにはなるように思います。例えば、今日問題視されることの多い「政」と「官」の関係については、その最初期の実態を見ることができます。鋭い対立もしながら、しっかりと協働して、近代国家形成に向けて、それぞれの役割を一生懸命果たしています。

また、さまざまなものが高度に専門化する現代において、「専門性」やそれらを体現する人々は非常に重要ですが、そもそも「専門性」とはいかなるものか、私たちはよく考える必要もあるでしょう。「専門性」と密接に結びついた技術官僚を歴史的に見ることは、その参考材料にもなるのではないかと思います。

もちろん、歴史が好きな方は、この時代をこれまでと少し違った観点から見つめ直す、という楽しみ方もできるでしょう。それぞれのご関心から本書をご覧いただけましたら幸いです。

柏原宏紀(かしはら・ひろき)

1978年、大阪府生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。同大学大学院法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。現在、関西大学経済学部准教授。専門は日本経済史。著書に『工部省の研究』(慶應義塾大学出版会)など。