2018 07/13
私の好きな中公新書3冊

北京でも東京でも読み返したすごい3冊/泉京鹿

司馬遼太郎、ドナルド・キーン『日本人と日本文化』 
倉沢進、李国慶『北京 皇都の歴史と空間』
小泉武夫『醤油・味噌・酢はすごい 三大発酵調味料と日本人』

バブル崩壊直後の就職氷河時期とはいえ、就職活動はまったくせず、大学卒業後留学し、そのまま16年間北京で暮らした。中国語がある程度できるようになってからの方が日本語書籍への飢餓感が強まった。仕事でもプライベートでも、中国語で話す日常では、日本人として日本のことをきちんと理解し、語ることの必要性を強く実感し、焦った。

『日本人と日本文化』に助けられた。日本文学科の学生時代に集中して読んだドナルド・キーン、中国の歴史に造詣の深い司馬遼太郎という二人の知の巨人の対談の世界は、とてつもなく広く深く、目の前で語られているように軽やかだ。二人が語る歴史と文化は、時空を超えた豊かな読み物として傑作だが、索引や年表の充実も嬉しい。

「僕東京に住む能わざるも北京に住まば本望なり」。室生犀星宛ての葉書に記した芥川龍之介。その気持ち、痛いほどわかる。北京は特別な都市だ。

『北京』は、首都として700年の歴史を持つそのなりたち、それぞれの時代の出来事が丁寧に描かれ、旅行者、居住者ならずともバーチャル北京散歩ができる。強大な権力と風水が融合した独特な都市の来し方、そして驚異的な経済発展、オリンピック開催を経て、変貌しながら進むその行く末にもつながる現状の解説・分析は、現在に至っても北京が抱えるさまざまな課題の本質的な原因を読み解く助力となる。

仕事柄、本が増える一方だが、会社員の夫の蔵書も同じくらい多く、家の中は本だらけ。結婚するとき、重複する本があれば処分して少しでも減らそうと考えたが、同じものはほぼ皆無。そんな中、『北京』は互いの嗜好が珍しくぴったり重なった、貴重な一冊だ。結局、処分することなく、二冊とも我が家の本棚に収まっている。

3冊目は『醤油・味噌・酢はすごい』『発酵 ミクロの巨人たちの神秘』以来、発酵食品といえばもう小泉武夫。読まずにはいられなかった。醤油も味噌も酢もすごいけれど、小泉武夫はやはりすごい。

泉京鹿(いずみ・きょうか)

1971年、東京都生まれ。北京大学留学、博報堂北京事務所勤務を経て翻訳家に。訳書に余華『兄弟』(文春文庫)、閻連科『炸裂志』(河出書房新社)、王躍文『紫禁城の月』(共訳、メディア総合研究所)などがある。大学非常勤講師。