- 2018 05/01
- 知の現場から

哲学者、批評家で、株式会社ゲンロン代表を務める東浩紀さん。
ゲンロンは、言論誌『ゲンロン』の出版や、イベントスペースで講演やセミナーをしている「ゲンロンカフェ」、さまざまな講座を展開する「ゲンロンスクール」の運営などを行っている。
多角的な事業を展開する東さんの仕事場、ゲンロン代表執務室(品川区)を訪ねた。

実は、代表執務室の完成は2018年の3月で、取材時は引っ越して間もなかった。本棚の新しい木の香りが心地よい。
「社員が増え、オフィスが手狭になったので、代表の執務室を新しく別の場所に作った」のだとか。設計のこだわりをうかがうと、入り口から「本の道が続く」ようにしたのだという。
「以前いたオフィス以外に、カフェとアトリエも五反田にあります。家賃も安いし、交通の便もとてもよくて、非常にいいところですよ。この執務室で五反田の拠点が4つになりました」
4拠点ですか! と驚く編集者に「“五反田バレー”って、聞いたことありますか?」と東さんは返す。「日経新聞などで記事になっていますよ。経済界では、ベンチャー企業の集まる渋谷のビットバレー構想に続く土地として、五反田が注目され、五反田バレーと呼ばれているようです。僕は2011年から五反田にオフィスを構えていたから、もう立派な古参だね(笑)」

どんな風に一日を過ごしているか教えてください。
「カフェで夜の19時くらいから深夜まで開催するイベントが不定期に入るので、決まったペースと言えるものはないんです。だいたい、週に3~4日はここへ来て、打ち合わせなどをしています。雑誌『ゲンロン』の発売が近くなれば、ゲラを確認する時間も多くなります」
「現在、ゲンロンは役員も含め社員が11名で、月単位のフレックス制を導入しています。カフェは夜、スクールは土日の開講が主なので、ウィークデーに全員で働くというのもなじまないですしね」

東さんは、ゲンロンの代表に就任してから7年ほど経つ。この間の変化などをたずねると「最初はオフィスもなく、ヴァーチャル企業のようなものでした。いい意味でサークルの延長というか、好きなことを好きなようにやろう、という志向性だったんです。しかし、2011年の東日本大震災に直面し、ゲンロンの社会的役割を真剣に考えるようになりました」という。

現在、ゲンロンにとっては東さん自身が本を執筆したり、イベントに登壇したりするのが「一番収益性が高いビジネス」だそうだ。しかし、「僕の体力に左右されない会社にしたい。多様性がないと、会社は続きません」という。
ゲンロンでのイベントはインターネットでも有料で配信している。「1000人が放送を見るイベントを1回やった方が効率はいいけど、100人が見るイベントを10回企画できる企業にしたいし、そうなりつつあります」と手応えを語る。
「最近、インターネットのさまざまなコンテンツは“今この瞬間”の拡散力ばかりが求められるようになっていると感じます。しかし、それは特性のほんの一部でしかないでしょう。僕は、ネットのアーカイブ機能や、場所にとらわれずにアクセスできること、時間の制約がなくなることにも大きな価値があると考えています。紙の本には紙の本の良さが、インターネットにはインターネットの良さがありますから、それぞれを活用して、ゲンロンの活動を大きくしていきたいですね」

読者やイベントの来場者、視聴者にはどんなことを期待していますか、という問いに「僕はデビュー作からずっと“誤配”(郵便において、配達の失敗のこと。予期しないコミュニケーションの可能性を含む状態)をテーマにしていますが、読者や視聴者についても“誤配”が起きたらいいなあと思っているんです。気軽に本を読んだり、イベントに参加したりする中で、僕の意図しなかったような新しいことや人に関心をもってもらいたいと考えています」と答える。
「僕は、今のゲンロンでの活動こそが“哲学”だと思っています。古代ギリシアの哲学者・ソクラテスは、いろんな人と対話を通して、その人の考えていることを明確にしたり、誤りを諭したりしました。ソクラテスはそのことを“産婆術”と言っています。哲学をするということは、本来ソクラテスのしたように、人と人をつなげたり、トークで司会をしたりしながら、みんなで考える場を作る“産婆役”になることなんじゃないかって思います」と言い、今はイベントの運営など、哲学の実践に軸足を置いているが「いずれ“哲学とは何か”をテーマに本も出版したい」と力強く語った。