- 2018 03/27
- 知の現場から

東京大学先端科学技術センター教授の牧原出さん。オーラル・ヒストリー・プロジェクト、政治史、行政学で多くの成果をあげている研究者だ。
牧原ゼミでは、毎年2月26日に“ブックトリップ”と題して、出版業界に精通するライターの永江朗さんと書店をめぐるツアーを実施している。
2017年度は渋谷・表参道エリアと神保町エリアの書店を訪ね歩くことに決まり、同行した。
最初のブックトリップは、10年以上前に東京大学の御厨貴ゼミで行われた。御厨ゼミでのオーラル・ヒストリー研究のため、インタビュー術を永江さんレクチャーしてもらったことから、御厨ゼミと永江さんに縁ができた。御厨さんの「学生に個性的な書店を見せたい」という思いから、ブックトリップはうまれた。それを牧原さんが引き継いでいる。

13時に1軒目の書店、渋谷のNADiff modern(ナディッフ・モダン)の前に集合。参加者は15名ほどの学生と、ジャーナリストの武田徹さん、千倉書房の編集者・神谷竜介さん。
さっそく永江さんが書店について説明をはじめる。
永江「ここは株式会社ニューアートディフュージョン(New Art Diffusion、NADiffはその略)の運営する支店です。本店はNADiff a/p/a/r/t(ナディッフ・アパート)といって、恵比寿にあります。NADiff modernは、現代アートに関する商品を扱っていて、美術だけでなく建築、演劇の本もあり、あまり流通していない現代音楽のCDを購入できるお店でもあります」
10分ほど店内を見る時間をもうけ、お店の前で再集合する。買い物をする学生もちらほら。


2軒目はSHIBUYA PUBLISHING&SELLERS。
永江「10年前に堀江貴文氏が出資して開業した本と編集の総合企業です。その名前の通り、書店だけでなく出版も手がけています。店内はガラスで仕切られて、奥が出版社のオフィスになっています。ガラスごしに編集者の仕事ぶりが見えますよ」
3軒目のFlying booksはカフェも併設。棚は可動式で、店舗内でイベントが開催されることもある。しばらくすると、店主の山路和広さんが売り場へ。
「価値があって、かつ売れそうなものを、きちんとした価格で取引するのがうちの流儀なんです」と山路さんは言う。「最近は外国のお客様が増えましたね」と、近況などもうかがった。


続いて、表参道エリアの青山ブックセンター本店とクレヨンハウスを訪店した。
永江「青山ブックセンターは、セレクトショップの先駆けにあたります。外国文学や評論、アートなどを中心に選書されています。クレヨンハウスのオーナーは元文化放送のアナウンサー・落合恵子さん。著書の印税を元手にして、1976年にまず原宿でこどもの本の専門店を始めました。のちに、友人のアレルギーや自身の介護など、自分の身の回りをから関心を広げ、オーガニックフードやコスメなどを販売したり、育児やオーガニックの雑誌を出版したりと事業を多角化させているんです」

そして表参道からメトロに乗って、いよいよ世界最大の古書のまち、神保町へ。
神保町では農業関係書籍の専門店である農業書センター、建築関係の書籍を新刊・古書・洋書問わず集めた南洋堂書店、稀覯本(入手困難な本のこと。古写本や文豪の肉筆の書簡など)を扱う玉英堂書店を見学。
農業書は珍しいようで、学生たちも興味津々の様子。稀覯本の価格(10万円を超えるものも多い)を知って驚く学生に「研究者は原典をあたることが求められるけど、研究費もしっかり考えて使わないとね」と牧原さんが笑う。
愉快な旅も終盤だ。


最後に訪れたのは、東京堂書店。
永江「東京堂は、明治時代の中頃に小売業からスタートし、のちに出版と流通に事業を拡大しました。その流通の部分は、戦前に国策会社の日本出版配給に吸収されますが、現在の出版流通の基礎となるものでした。神保町という土地柄、出版関係者の来店も多く、レジ前の平台、通称“軍艦”を見るだけで、最新の出版物や話題の図書がわかります」

永江「いろんな本屋があります。すぐれた研究をするためには、必要な資料をいかに入手するかが重要です。うまく書店を活用できるようになってほしいと思います」
牧原「発売されたばかりの新刊を置いている書店が多く、学生も普段はそういう新刊書店で本と出会っているのでしょう。だけど、勉強するときには、学生にとって核になる本を見つけてほしいと願っているんです。新刊で新しい情報をうまく処理するだけでなく、古典などの思想の厚みがある本に出会ってほしい。ブックトリップがその契機になればと思っています」
