2018 02/23
都市の「政治学的想像力」

(第15回)選挙で選ばれる行政委員会

バンクーバーにある公園は、市の公園委員会が管理している。

バンクーバー市では、日本の地方自治体と同じように市長と地方議員を選挙で選びますが、それだけではなく市の教育に責任を持つ9人の教育委員(School Board Trustees)と公園の管理に責任を持つ7人の公園委員会理事(Park Board Commissioners)の選挙も行われます。いずれも、基本的には市長と地方議員の選挙と同じ日にまとめて選挙が行われ、選挙制度も地方議員と同じ完全連記制となっています。つまり、この場合、有権者は全ての候補者の中から最大で9人(教育委員)及び7人(公園委員会理事)の候補を選んで投票し、上位9人及び7人が当選となります。

このような組織は、日本の地方自治体で言えば「行政委員会」と呼ばれるものに当たります。日本の行政委員会の委員は基本的に地方自治体の長・議員によって選ばれ、任命されますが、教育委員については、日本でも戦後直後に選挙で選ばれていた時期があります。しかし、政党による候補者の支援が教育の中立性を妨げる、といった批判を受けて10年もたたずに廃止されました。日本では特に教育の中立性はしばしば議論を呼ぶテーマですが、バンクーバーでは市長・地方議員と同じ日の選挙となっていて、実質的に一緒に選挙運動を行うことになり、教育委員会も公園委員会でも候補者のほとんどが政党に所属しています。

ただ興味深いことに、2014年の選挙では、ヴィジョン・バンクーバー(Vision Vancouver)という政党が市長選挙に勝ち、地方議会でも過半数を取ったものの、教育委員会と公園委員会では過半数を取れませんでした。特に公園委員会では1議席のみにとどまり、2議席を取った緑の党(Green party)の後塵を拝することになりました。公園の管理というテーマと緑の党という政党のラベルの親和性が高いのかもしれません。

さて、バンクーバーの公園委員会は、カナダでもめずらしい機関とされています。元はダウンタウンの西側に広がる広大なスタンレーパークの管理を行うために1888年に設置されたものです。現在では200を超える市内の公園の管理に加えて、地域(neighborhood)ごとに設置されるコミュニティセンターや、主にその周辺にあるプールやスケートリンクなどの管理も行っています。

公園委員会が管理する施設に、スタンレーパークにあるバンクーバー水族館があります。ここの目玉の一つはイルカやベルーガなどクジラの仲間の海の哺乳類(cetaceans)でした。水族館は、数年前から、この哺乳類を中心に北極海の生物を展示する新しい施設を建設しようとしているのですが、2016年の夏ころから、このクジラの仲間が次々と原因不明のまま死んでしまう異変が起きています。この事態を受けて、2017年5月に公園委員会は水族館に対して、クジラの仲間を飼ってはいけないという命令を出しました。

当然、このような命令は、新しい施設を整備しようという水族館の考えとはずれがあります。水族館は当初、命令が公園委員会の越権行為であるとして、バンクーバーの属するブリティッシュコロンビア州の裁判所に司法審査を求めました。しかしその一方で、公園委員会の命令を支持する大口の寄付者などの意向も受けて、2018年の1月には、自主的に公園委員会の命令を受け入れる声明を発表しました。2月に入って、州裁判所は水族館が公園委員会の命令に従わなくてよいとする決定を出しましたが、今のところ水族館は公園委員会の命令に従うようです。

日本であれば、多くの公立の水族館や公園について、それを管理する地方自治体(の長や地方議会)以外の機関が干渉することはなかなか考えにくいところです。長や地方議会のほかに選挙で選ばれた人々によって構成される独立した機関が、教育や公園のように人々の暮らしに密接にかかわる決定を行うことは、裁判などのややこしい問題も引き起こしがちです。しかし他方で、市民の民意がさまざまな経路で意思決定に伝えられるということでもあります。日本でも地方分権が強調される現代ですから、廃止された教育委員会の選挙なども、自治体ごとにもう一度考え直してみてもよいのかもしれません。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、現在、神戸大学法学部教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書、サントリー学芸賞)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、『分裂と統合の日本政治』(千倉書房、大佛次郎論壇賞)。共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。