2018 03/05
私の好きな中公新書3冊

偉人を知り、時代精神を体感する/熊谷英人

河合秀和『チャーチル イギリス現代史を転換させた一人の政治家』
飯田洋介『ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術』
藤澤房俊『ガリバルディ イタリア建国の英雄』

奇妙なことに本邦の歴史学研究、とくに西洋史の分野では、評伝や人物研究はあまり人気がない。流行の理論枠組をもちいた研究論文が量産される一方で、評伝や伝記は歴史学研究者の本領ではない――東にあっては司馬遷、西にあってはネポスやスエトニウス、そしてプルタルコスにまで遡る正統な歴史叙述の型であるにもかかわらず――という雰囲気さえ漂う。そうしたなかで、はなはだ反時代的かもしれないが、第一線の歴史学研究者による政治家の評伝をとりあげたい。

ビスマルク、ガリバルディ、チャーチルはいずれも強烈な個性をそなえた政治人である。それと同時に大きな共通点をもってもいた。この三人が19世紀以降の国民国家形成において巨大な影響力をふるったにもかかわらず、その帰結としての現代デモクラシーと鋭い緊張関係に立たざるをえなかったという点である。

およそデモクラシーの日常ほど散文的な営みはない。選挙で選出される職業政治家たちは、つねにデーモス(民衆)の気まぐれな欲望にふりまわされる。プラトンがかつて、民主政治の本質を民衆に対する「追従」(κολακεία)と喝破した由縁である。デモクラシーは本能的に、快適な日常生活を保証してくれる政治家をもとめるものだ。逆に、民意を超越した英雄的個性は、忌避の対象とならざるをえない。

ビスマルクは激動のドイツ帝国建国期を巧みな政治手腕によって舵取りしたものの、強すぎる個性と能力ゆえにドイツの民主化を阻むことになったし、イタリア統一の英雄ガリバルディは「国民」の活力を知り尽くした天性の煽動家であったが、結局「政治家」になりきることができず、統一後の議会政治への不適応を晒すこととなった。そして、チャーチルはファシズム勢力に対する抵抗の象徴となりながらも、かれ自身はデモクラシーの日常を生きる人物ではありえなかった。革命や戦争といった例外状況のなかで輝いた三人は、その終息とともに浮上したデモクラシーの散文性とは相容れなかったのである。

社会的存在としての人間は、本能的に他者に関心を懐く。ましてや、多くの人間を動かし、歴史に参与した人物に対してはなおさらである。評伝や伝記はこの本能的欲求に根ざした歴史叙述だといえる。とはいえ、評伝や伝記の効用は単に対象となる個人を知ることのみにあるのではない。ある政治家なり、知識人なりの視点からの定点観測によって、平板な概説などよりもはるかに時代精神を体感させてくれるのである。

熊谷英人(くまがい・ひでと)

1984年生まれ。東京大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法学博士。現在、明治学院大学法学部政治学科専任講師。著書に『フランス革命という鏡』(白水社、2015年。サントリー学芸賞受賞)