- 2017 10/16
- 著者に聞く
天皇の代替わりごとに占いで選ばれた未婚の皇女が伊勢に赴き、伊勢神宮に祈りを捧げる――飛鳥時代から鎌倉時代まで660年間つづいた斎宮について、30年以上にわたり研究し、このたび『斎宮―伊勢斎王たちが生きた古代史』を刊行した榎村寛之・三重県立斎宮歴史博物館学芸普及課長にお話を伺いました。
――本書の「あとがき」には、斎宮跡をはじめて訪れたときから35年、斎宮に関わりはじめて30年とあります。この間、ずっと斎宮について研究を続けてきた原動力とはなんでしょうか。
榎村:斎宮の研究は、歴史学や国文学が主流ですが、美術史学や民俗学などとも関わりが深く、近年研究の進んで来た分野、たとえば伝承学や怪異学などにも展開できるんです。
そして、それらが全て斎宮跡の発掘調査という、日々更新されていく考古学の成果とリンクしています。あるいは歴史学の中でも、斎宮の研究は、伊勢神宮、王権論、制度史、地域史などいくつもの分野にわたります。まさに尽きることのない泉のようなテーマなんです。
――研究をはじめた頃と、現在との違い、たとえば研究の進展について教えて下さい。
榎村:発掘調査の進展によって、それぞれの時代の生の斎宮が見えて来たことですね。たとえば、9世紀の斎宮は数百人の人間が働く都市的な場所だったことがわかりました。それは同時に、歴史書『続日本紀』の「斎宮を造る」という一行足らずの記述が、じつは一大土木工事だったことを明らかにしたのです。
一方、この時代の斎宮について書かれた『伊勢物語』には、斎宮が「ひと目しげければ(人目が多いので)」とありますが、ほとんど注意されてきませんでした。しかし発掘成果と照らし合わせると、これこそ斎宮の都市的な状況を示す言葉だとわかったのですね。発掘の進展が文献や文学の読み方も深める、斎宮の研究はそういうレベルに達して来たのです。
――本書には何十人もの斎王が登場しますが、とくにお好きな斎王がいたら、その理由もあわせて教えて下さい。
榎村:まず『伊勢物語』の恬子(やすこ)内親王です。複雑な背景を持つ謎めいた斎王ですね。
宝塚歌劇の星組で『花の業平』という作品が上演された時に、このお役を演じられた琴まりえさんが役づくりのため突然斎宮跡を訪問されたのですよ。これまで最も緊張したご案内で、そのご縁から卒業されるまで応援しました。
そして、斎宮歴史博物館の映像展示「斎王群行」のヒロイン良子(ながこ)内親王ですね。大人しいが芯の強い少女という造形にはかなり私の思い入れも入っています。
じつは博物館にご協力いただいている「斎王紙芝居 かわせみ座」というグループがありまして、彼女をモデルにした「ながこひめ」という斎王と仲間たちのお話「ながこひめの斎王えにっき」シリーズを上演しており、私も原案、時代考証、司会などで関わっています。最初は斎宮の日常ネタだったのですが、最近ではながこひめが雲に乗ってこっそり京に帰ってたり、時空を超えて大来皇女に会いに行ったり、どんどんはじけてきています。
今、源氏物語を踏まえた新作を作ってるのですが、はたしてどこまで行くのやら内心ハラハラです。
あと、最近とある女性向きマンガに、済子女王といういわくつきの斎王が、かなりぶっ飛んで出てきているということなので、気になっています。
――はじめて斎宮を訪れる人に、おすすめの場所、ここは必見という場所がありましたらお教えください。
榎村:斎宮跡に来て、見学したのは博物館だけ、というお客さまがまだまだ多いのです。せっかくご遠方からお越しになるのですから、「さいくう平安の杜」の復元建物と現地で貸し出しをしているタブレットで見ていただけるVR映像はおすすめです。
そして近鉄電車を挟んで立地している、今は竹神社になっている、斎王がいた内院の跡にも是非足をお運び下さい。何十人という斎王たちの思いの詰まった、斎宮跡最高の「聖地」ですね。
また、斎王が禊をした川で、今や貴重な古い環境をよく残している祓川、お車の方でしたらこれも斎王が禊をした大淀海岸まで足を伸ばされてはいかがでしょう。
――とくに若い読者に向けて、ぜひ伝えたいということがありましたら。
榎村:私はよく、斎王はみんな私の恋人、と言って笑わせるのですが、斎王はほとんどが若い女性でした。少女と言ってもいい人も少なくない、多感な年頃の女の子なのです。もしも彼女たちに「斎王って何」とたずねたら、十人十色の答えが返ってくると思います。
でも共通しているのは、みんなその時代とまっすぐに向き合っていた、ということです。無事に務めを果たした人はもちろん、自主的に帰ったかもしれない人、スキャンダルを起こした人、託宣と称して大騒ぎを起こした人、いろんな斎王がいましたが、みんな彼女らなりに大真面目だったのです。
皇族だから人生の選択はごく限られています。その中で世間の思惑どこ吹く風と、自分の立ち位置をしっかり踏みしめて生きた女の子たち。魅力的だと思いませんか?
――最後に今後の研究・ご関心についてお教えください。
榎村:もう書きたいことはたいてい書いたから(笑)。でも明日また書きたいネタが出てくるかもわからないのが斎宮の魅力です。そして若い人たちと斎王や斎宮についていろいろな話を、議論をしたいです。
この本にも若い研究者の方々から受けた多くの刺激が生かされています。私は大学に籍はないから、どこの学生さんとも接することができる立場です。どんな分野であれ、斎宮の研究をさらに広げてくれる人を一人でも増やしていきたいですね。
(榎村さんには特別寄稿として、エッセイ「舞台や映画で見る斎王たち」もお書きいただきました。あわせて御覧下さい)