2017 05/24
著者に聞く

『保育園問題』/前田正子インタビュー

保育園新設などの対策がとられても、なかなか減らない待機児童。そもそも少子化なのに、なぜ保育園が足りないのか――といった基礎から丁寧に解説するのが、中公新書『保育園問題』です。2人の男の子を育て、横浜副市長として待機児童解消に取り組み、現在は少子化問題や自治体経営の研究者として活躍する著者の前田正子さんにうかがいました。

――2016年に「保育園落ちた日本死ね」の匿名ブログで大きく注目を集めた待機児童問題ですが、前田先生が最初にこの問題に関わったのは20年以上前、「母親」としてですね。米国でも日本でも保育所探しに苦労された経験もあって、保育の研究に入られます。その後、横浜市の副市長に就任されたのが2003年ですね。

前田:次男の育児休業中に、横浜市長から「副市長になって子育て支援の基盤整備をしないか」というお話があり、勤務していた研究所を退職して、2003年4月から横浜市の副市長に就任しました(2007年まで)。医療・教育・福祉を担当し、待機児童対策のために保育所整備をすることになりました。

保育所の新設にともない運営法人を公募しましたが、良い法人を選ぶにはたくさんの応募が必要です。市内の社会福祉法人だけでは足りず、保育団体の雑誌に広告を出したり、評判の良い法人に職員が直接出向いて、運営法人としての応募をお願いしたりしました。それでも十分な数にならなかったので、NPOや株式会社にも門戸を開きました。

――今やさまざまな主体が運営していますが、そのさきがけだったわけですね。

前田:さきがけという意味では、本書のサブタイトルにも入っている「建設反対運動」という点でもさきがけだったかもしれません。小学校の空き教室に保育所を作る時も、PTAから反対にあい、本当に驚きました。「保育園って、そんなに迷惑なの?」とあらためて考えさせられました。ただ、小学生は赤ちゃんや小さい子が大好きなので、保育園児と小学生が交流する素敵な保育園になっています。

「保育園が必要なのはわかっている。でも自分の近所はやめて」というわけです。運営を予定している法人にも、市の担当者にも厳しい声が寄せられました。地方から横浜に来ていただいた社会福祉法人の方から、「都会の人は弁が立ってすごいね。子どもたちがまるで悪人扱いされる」と言われ、申し訳なく思ったりもしました。

この問題は保育園に限りません。教育委員会にも「運動場の砂が飛んでくる」「朝練の声がうるさい」「校外マラソンをやめさせろ」といった苦情がたくさんきます。公園で水遊びさせている親子を見た住民から公園課に、「無駄に水を使って税金を浪費している。水遊びするのをやめさせろ」という苦情まであって、これでは少子化が進むのも当たり前だと思いました。

また、保育所にはいろいろな事情で入所している人がいます。母親の産後うつが悪化したり、ネグレクトされたりしている子どもが、行政の「措置」により入所している例もあります。ただ、そうした事情を知らない保護者から「私の友人が入れないのに、働いてない親を不正入所させている」という苦情が保育現場や保育課に寄せられることもありました。健康で仕事もある人には想像もつかない事情を抱えた親子がたくさんいるのです。保育園をめぐる状況は随分変化しましたが、今も福祉としての機能を担っていることも忘れてはいけません。

――本書を読むと、こうすればすべて解決、という簡単な道はないように感じました。

前田:そうですね。この本をお読みになった人には、魔法のような解決策はなく、我慢強い取り組みが必要だということを理解していただきたいです。

待機児童問題をきっかけに、保育関係の本がたくさん出ています。なかには、親の視点から「こんなにひどい保育士や保育所がある」、保育士の視点から「こんなにひどい親や同僚がいる」「経営者がひどい」と告発し、そのうえで「保育士の給料を上げろ」「子どもにお金を回さない行政や国が悪い」と結論づけて終わり、といったものもあります。

たしかに、私も子どもにはもっとお金を投入すべきだと思います。しかし今や何かに予算を投入するということは、代わりに何かを止めるしかありません。そうは言っても、増え続ける高齢者に関係する予算を減らすことは難しいですし、公共事業についても老朽化による補修修繕費は減らせません。また、孤立した人々が増えるなか、行政の役割は増大し、公務員を減らすのも難しい。

つまり、「子どもの予算を増やせ」ということは、その分「自分が負担する」という覚悟が必要です。

――ただ、状況を改善するためにできることは多そうです。

前田:そうですね。たとえば、いくつかの企業が合同でサテライト・オフィスを作るなどして、職場を郊外に移せないでしょうか。郊外には園庭のある保育所があり、待機児童がほとんどいない地域もあります。

育児休業の徹底や、「パパクォーター(育休の一定割合を父親がとる)」の導入も真剣に考えられるべきだと思います。

さらに、新しい保育所が増えていますので、保育の現場への支援や研修を充実させ、保育士さんが自信をもって働けるようにすることが必要です。これは子どもたちにとってもプラスになるはずです。

――本書は都市部の保育園をめぐる問題がメインテーマですが、専業主婦の子育てや過疎地での子育てにも触れられているのが特徴ですね。

前田:新聞でも全国紙は東京の記者が書いていますので、首都圏の話に偏りがちです。もちろん、待機児童が大勢いるのは首都圏なのですが、過疎地での保育の実態や、都心部の自治体が地方から若い保育士を集めることの影響などについても、知っていただきたいと思いました。

また、都会での孤独な育児についてはよく取り上げられますが、過疎地では少子化が進み、子どもが集団で遊ぶ機会を得ることが難しくなっています。これはいずれ、全国各地で起こる問題だと感じています。

――最後に、いま乳幼児を育てている人たちへのメッセージをお願いします。

前田:乳幼児期の育児は大変ですが、親子にとって宝物のような時間です。一方、育児が苦しいと思ったり、悩んだりすることは、誰にでもあります。恥ずかしいと思わず、周りの人に相談してください。今は相談できるところや友人ができるきっかけを貰える場所もいっぱいあります。

また、お話ができない小さな頃もかわいいですが、お話できるようになると、思い出に残る素敵な言葉のプレゼントを親たちにいっぱいくれます。えくぼのあるぷっくりとした手や、柔らかいほっぺや、抱っこするときの暖かさなど、かけがいのない、そして過ぎてしまえば、二度と取り戻せない時間です。ぜひ夫婦一緒に子育てしながら、楽しんでください。

前田正子(まえだ・まさこ)

1960年、大阪府生まれ。82年、早稲田大学教育学部卒業。公益財団法人松下政経塾を経て、92年から94年まで米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院に子連れで留学し、MBA取得。94年から2003年まで、ライフデザイン研究所(現第一生命経済研究所)勤務。この間、慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程修了(商学博士)。03年~07年、横浜市副市長(医療・福祉・教育担当)。07年~10年、公益財団法人横浜市国際交流協会理事長。10年より甲南大学マネジメント創造学部教授。