2017 05/16
私の好きな中公新書3冊

360°の科学/横山広美

小山慶太『寺田寅彦 漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学』
米本昌平『バイオポリティクス 人体を管理するとはどういうことか』
矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』

真理を追究する科学、役立つ科学、悪用される科学。科学と人間の関係は多様で網羅する学問分野も広い。若い人には360°いずれの側面からも科学を見て欲しい。中公新書には科学の全体像を見るための良書がある。

一線の科学者たちは、ワクワクドキドキを忘れずに研究をする。「ねえ君、不思議だと思いませんか?」物理学者である寺田寅彦は、よくこの言葉を口にしたという。尺八の音響学や椿の落下など、目の前の不思議に取り組む寺田は、文筆によって科学の魅力や在り方を多くの人に伝えた科学者でもあった。『寺田寅彦』は、漱石とレイリー卿という二人の師とのつながりや当時の時代の雰囲気を見事に描いている。物理学を学び、科学史家としての研究蓄積をもつ著者ならではの名著である。

しかし寺田物理学に代表される牧歌的な科学は、20世紀の急速な科学の発展により形を変えていった。アメリカの科学の動向はいつの時代にも注目の的だが、冷戦崩壊後にクリントン政権下で、物理系大型科学の予算を大きく減らしながら生物科学に投資していったことは、時代の流れを大きく感じさせる出来事だった。この時代の科学と政治の関係を、緻密かつ鮮やかに描いた『バイオポリティクス』は、現代の科学の在り方を理解するのに欠かせない書である。

科学技術政策や公共政策の側面のほか、国際政治学や政治哲学からも社会における科学のよりよい在り方は示唆される。政治哲学者の『ハンナ・アーレント』は、社会における科学の使用は権力者ではなく社会が決めるべきだと述べた。本書は、アーレントの生い立ちを通じ、その思想がどのような状況で生まれたのかを知ることができる良書である。

横山広美(よこやま・ひろみ)

1975年、東京都生まれ。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構教授。専門は現代科学論。基礎科学・大型科学論、科学コミュニケーション分野を研究する。主な受賞に、2007年日本科学技術ジャーナリスト会議・科学ジャーナリスト賞、2015年科学技術社会論学会・柿内賢信賞研究奨励賞。