2017 04/24
私の好きな中公新書3冊

憧憬への入り口/橋本麻里

伊原昭『平安朝の文学と色彩』
阿部謹也・網野善彦・石井進・樺山紘一『中世の風景』上・下
増田正造『能の表現 その逆説の美学』

知の全体像を俯瞰する眼差しを身につけるための本、ジャンルの見取り図となる本など、中公新書には若い読者が学問の世界へ分け入っていく際の「目次」となる、骨太の入門書がひしめいている。

ただ、「私の好きな」ということになると、10代の前半で出会い、現在の自分に直接つながる関心を育ててくれた、という意味で忘れがたい3冊を挙げざるを得ない。

重ね、匂い、濃淡をつけ、とテクストを通じて精妙にコントロールされる色彩の渦の中に、人格や感情が鮮やかに映し出されるさまを読み解いた『平安朝の文学と色彩』は、憧憬から耽溺へ、古典文学に深入りする契機となった。

一方、教科書とはまったく異なる切り口、語り口──何しろ4人の研究者が上下2巻にわたり、口角泡を飛ばして議論しているのだ──で、歴史の面白さを教えてくれたのは、『中世の風景』(上・下)だ。

そして能の大成者・世阿弥の理想は、その生から500年後、明治から昭和中期頃に生きた名人たちによって実現されたと謳い上げるや急転、「世阿弥がもし、次の能の開花をさらに五世紀の先に考えているとしたら。私はもうつきあいきれない」と言い捨てて唐突に幕切れを迎える『能の表現』は、それ自体優れた舞台を観るようで、冷えびえとした興奮にとらわれた。

以来30年、好奇心の糸口を探し、育てるために、今日も新書棚の前に佇んでいる。

橋本麻里(はしもと・まり)

1972年神奈川県生まれ。日本美術を主な領域とするライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。著書に『美術でたどる日本の歴史』全3巻(汐文社)、『京都で日本美術をみる[京都国立博物館]』(集英社クリエイティブ)、共著に『SHUNGART』『原寸美術館 HOKUSAI100!』(共に小学館)、編著に『日本美術全集』第20巻(小学館)ほか多数。