2017 03/21
私の好きな中公新書3冊

私的な日常生活にこそ「政治」はある/富永京子

櫻井英治『贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ』
小林哲夫『高校紛争 1969-1970 「闘争」の歴史と証言』
吉原真里『ドット・コム・ラヴァーズ ネットで出会うアメリカの女と男』

「政治」と聞くと、議会での衝突とか企業による献金とか、どうも大規模なものや劇的な現象をイメージしてしまう。しかし、そうしたものではない、夕食のメニュー、愛用する鞄のブランド、あるいはセックスの相手の人数といった、多くの人からすれば瑣末に見える物事に「政治」を読み込むのが、私の研究者としての仕事だ。研究のなかでは、そうした瑣末に見える物事を「生活」とか「日常」とか呼んでいる。中公新書は、どんなに大きな主題を扱っていても、緻密な記述と独特の観点から「生活」や「日常」に思いを馳せられる本が多い。
 
『贈与の歴史学』は、ダイナミックに勢力図が塗り変わる印象の強い中世日本において、「贈与」という活動が先例や釣り合い、信用といった重層的な意味を付与されながら政治的な行動となる過程を丹念に綴る著作だ。実は、本書を読んで最初に連想したのは、仲がいいわけでもない祖母と母がなぜ豪華な贈り物をし合うのかという長年の謎だった。こうした身近な問いを多角的な観点から検討する上でも示唆的な本だとも言える。

もう一冊は、『高校紛争 1969-1970』。バリケードや火炎ビンといった道具に象徴されるように、暴力的で過激と思われやすい学生運動だが、元々は管理教育や学校行事への不満を端緒としており、私服での通学や自主ゼミの実施といった日常的な実践にも事欠かなかった。こうした日常的実践とある種の非日常的な集合行動に通底する「自治」の精神こそが、学生運動を形作っていたのだ。

また、微細で私的な日常生活のあれこれを描いているようであっても、それに終始せず、背景にある社会や政治の姿が浮かび上がる本も数多い。『ドット・コム・ラヴァーズ』もそのような本の一つだ。アメリカの出会い系サイトに著者自ら飛び込み、出会いと別れを描く参与観察の本だが、そこからアメリカ社会における階層とライフスタイルの関係や家族観が垣間見える。

富永京子(とみなが・きょうこ)

1986年生まれ。立命館大学産業社会学部准教授。専攻は社会運動論・国際社会学。著書に『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)、『社会運動と若者』(ナカニシヤ出版、近刊)。共著に『奇妙なナショナリズムの時代』(岩波書店)、『サミット・プロテスト』(新泉社)などがある。