2017 02/14
都市の「政治学的想像力」

(第3回)家を借りるための交渉

"For Rent"の貼り紙。インターネット普及以前はこうしたものを頼りに家探しをしていた。

前回書いたように、バンクーバーで家を探すときは、インターネットを通じて、場所や家賃などの条件を気に入った賃貸住宅を見つけたら、貸主に連絡を取ります。日本であれば、まずは不動産業者に連絡するのが一般的だと思いますが、こちらでは所有者と直接連絡するのが普通のようです。インターネットによるやり取りが難しかったころは、"For Rent"と書いてある看板を探して歩き回らないといけなかったという話も聞きました。

現在のバンクーバーでは、いわゆる不動産バブルのような事態が起きていて、住宅価格が非常に高くなっています。住宅の売買だけではなく賃貸住宅にも影響が大きく、家賃が上がっているうえに、そもそも借りられる家が少ない状況です。売ったら大きな収入を得ることができるわけですから、バブルみたいな値段のうちは貸すより売った方がいいという判断をする人も多いということでしょう。また最近は、長期で在住する人に貸すよりもインターネットを通じて宿泊を提供するAirbnbなどを利用して観光目的の人に短期で貸す方が気楽だと判断する人々も増えています。そのおかげで、統計によれば賃貸住宅の0.6%程度しか市場に出ていないようことで、完全に「貸し手市場」になっています。

貸して欲しい人が多いため貸主の立場が強く、電子メールで貸主に連絡を取ろうとしても全然相手にされません。電話をかけて実際に会いに行かなくてはいけません。貸主からすれば、メールだけでは借り手は自分のことをいくらでもごまかせるわけで、会ってみてどんな人かわからないと貸せないよ、となるのです。一度貸してしまったら契約が終わるまでなかなか取り戻せないし、家を乱暴に使われると修理にお金がかかります。ひどい借り手であれば、払うべき修理費用も払わずに消えてしまうかもしれません。だからこそ慎重に、そして「貸し手市場」でもあるので、できるだけよい人を選ぼうとするのです。

賃貸交渉では、借り手がどんな仕事をしていて、どのくらい収入があるのか、といったことも重要ですが(ただ、詳細な収入などの個人情報を貸主が自由に求めてよいというわけでもないようです)、より重要なのは「レファレンス」、つまり誰が身元を保証してくれるのか、ということのようです。日本の場合は、そこで「連帯保証人」という、借り手が家賃を滞納した時に代わってお金を支払わせる(悪名高い)制度があります。しかし、そういう制度がないカナダでは、家主は交渉相手である借り手と、その借り手が紹介する「レファレンス」の信頼度を見定めて、誰に貸すかを決めることになります。前回書いたように、ある地域からの移民が同じようなところに住むのは、この「レファレンス」を得やすいからということもあるのでしょう。

私の場合、家主が直前の借り手とトラブルになったことがあるらしく、初めは1か月ごとに更新という条件で住み始めました。貸し手から見ると、「お試し期間」みたいなもので、その間に問題のある借り手だとわかったら出て行ってもらうことができるわけです。そもそも家賃が高くて条件に合う物件が少なく、メール中心に連絡を送っても他からは全然返事がきません。まあせっかく反応してくれた家主ということもあり、事情を聞くと気持ちもわかりますのでその条件で合意しました。ところが、今後は子どもを小学校に入れるときに、短期滞在者は学校に入れないので一年以上の賃貸契約が必要だ、ということになって、慌てて再交渉して契約を延ばしてもらったのでした......。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、神戸大学法学部准教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。