2016 10/24
私の好きな中公新書3冊

「昭和の新書」の王道/楠木建

堂目卓生『アダム・スミス 『道徳感情論』と『国富論』の世界』
菊池誠『日本の半導体四〇年 ハイテク技術開発の体験から』
服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版』

かつての雑誌のような「手軽な読み物」が主流となった新書出版のなかで、中公新書は「昭和の新書」の王道から逸れないところがイイ。優れた人々が思考と行動で獲得した上質な知見を今の世の中を生きる普通の人々に届けてくれる。文字通り蒙を啓かされた3冊を挙げる。

『アダム・スミス』は、『国富論』についての教科書的な知識だけでスミスを市場主義的な経済学者と誤解している人に読んでもらいたい。人間の本性を見据えた知的巨人の思考の本質部分を鮮やかに抉り出す傑作。彼の主張はいまでも色あせない。資本主義の転換期にあるいま、むしろ重要度は増している。本書はスミスについての最良の教科書であるだけでなく、現代社会についての洞察にも溢れている。

『日本の半導体四〇年』。俗にいう「日本の技術力」は注目を集めるが、最近は浅薄な議論が少なくない。初期のソニーの半導体事業への腰の据わった取り組みを題材に、著者が自らの経験を通じて技術に立脚した事業展開とその経営の本質を語る。

『ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版』。こういう気骨と誠意の人が近過去の日本に実在した。そのことを知るだけでもいい気分になる。真の国際人による最上の仕事の記録。読めば誰しも襟をただす。仕事に対する姿勢が良くなること請け合いである。

楠木建(くすのき・けん)

1964年東京都生まれ。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『「好き嫌い」と経営』(ともに東洋経済新報社)、『好きなようにしてください』(ダイヤモンド社)、『経営センスの論理』(新潮新書)、『戦略読書日記』(プレジデント社)など。編著に『「好き嫌い」と才能』(東洋経済新報社)がある。