新もぐら伝 ~狼~ 第5回


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 愛理たちとの会食を終えた後、益尾は妻子を先に帰し、真昌と二人で行きつけのバーに赴いた。
 一番奥のボックス席に陣取った。
 年季の入った内装だったが、落ち着いた雰囲気のバーだ。十人程度座れるカウンターがあり、ボックス席が四席ある。客はカウンターに少し年配のカップルがいるだけだった。
 黒いベストを着た白髪のマスターが席に来た。
「今日はお二人ですか?」
「ええ。真昌、こちらマスターのシゲさん」
「安里(あさと)真昌です」
 真昌が頭を下げる。
「シゲです。益尾さんにはいつもお世話になっております」
 そう言い、微笑む。
「彼は沖縄県警の刑事でね。警察になる前からの知り合いなんですよ」
「そうですか。沖縄ということは楢さんや竜司(りゅうじ)さんの?」
「二人を知っているんですか?」
 真昌がシゲを見上げる。
「まだ、お二人が警視庁にいた頃、懇意にしていただいていました」
「そうだったんですか」
 真昌がうなずくと、益尾が口を開いた。
「シゲさんのところに妙な輩(やから)が来たところを二人が蹴散らしたんだと。それ以来、ここは警視庁関係者のたまり場になっている。シゲさんにしてみれば、迷惑な話だろうけど」
 そう言って、笑う。
「いえいえ、楢さんと竜司さんが出入りするとわかってからは、面倒な人はピタッと立ち寄らなくなりましたからね。それからもこうして警視庁の方々が来ていただけて、この店にちょっかい出すのはまずいと知れ渡ったことで、トラブルなく営業できています。ありがたいことです」
 シゲが目尻に皺(しわ)を刻み、微笑む。
「いつものウイスキーでいいですか?」
「はい、お願いします」
 益尾が言う。
 シゲは首肯し、カウンターに戻った。
「こういう場所があるんですね」
「まあ、このシゲさんのところは、楢さんたちの関わりではあるんだが、僕らがよく出入りする飲食店はいくつかある。僕らのような仕事をしていると、一見(いちげん)でどこでもというわけにはいかないからね」
「そうですね。うちも行く店は決まってます。ほぼ、楢さんと金武(きん)さんの行きつけですけど」
 真昌は笑った。
「それなら間違いない」
 益尾も笑う。
 シゲがトレーに水割りのセットとチーズの盛り合わせを載せて、戻ってきた。テーブルに置く。
「では、ごゆっくり」
 そう言うと、またすぐカウンターに戻っていった。
「いつも、こんな感じで飲んでいるんですか?」
「ほとんどな。仕事の話をすることも多いから。水割りは濃いめか?」
 益尾がグラスを取る。
「あ、俺が作りますよ!」
 手を伸ばす。
「いいよ、君はゲストだから、今日は僕が」
「すみません。じゃあ、濃いめで」
「遠慮ないやつだなあ」
 益尾は笑い、真昌と自分の水割りを作って、グラスを一つ、真昌の前に置いた。
「では、研修お疲れさん」
 益尾がグラスを掲げる。真昌もグラスを持って、合わせた。
 一口飲む。喉の奥が熱くなる。
「これ、おいしいですね。水色のラベルって見たことないなあ」
 真昌がボトルを見る。
「ミズナラの樽(たる)で熟成したウイスキーだよ。飲み口が爽やかで、僕はいつもこれを飲んでる」
「へえ。おしゃれだなあ、東京は」
「沖縄にもあるよ」
 益尾は笑って、もう一口飲んだ。そして、グラスを置くと真顔になった。
「さっき、木乃花が狼の話をしていただろう?」
「はい。でも、都市伝説でしょ?」
「そうでもないんだよ」
 益尾が声を潜めた。
「先日、千葉県警からある報告が届いてね。成田空港近くにあったワーキングホリデーのエージェントの会社が、何者かに襲われ、多数の重症者を出した。それ自体は、なくもない一事案なんだが、気になる情報がある」
 益尾は一口、水割りを飲んだ。そして、話を続ける。
「翌日早朝に出発するため宿泊していた女性が、そこの社長たちが狼について話しているのを聞いている。そして、そのあと、何者かが侵入してきて、社長以下、従業員を叩きのめした。入院している者たちはみな、その男のことを〝狼〟と呼んでいる」
「男だったんですか?」
 真昌の言葉に、益尾がうなずく。
「パーカーを着た若気な男だったそうだ。その男は目にも止まらぬ速さと圧倒的なパワーで、そこにいた会社の者たちを次々と倒し、出発を控えていた女性たちを解放した。その会社、ヤングツアラーは、以前から、海外へ売春目的の女性を送り出していたのではないかと疑われていた会社で、入院した従業員の何人かは、その事実を認めた。結果、女性たちは助かったわけだが」
「その狼と呼ばれている男は、女性たちを助けているということですか?」
「話だけを聞けば、そうなる。しかし、問題はそこじゃないんだ。彼女たちが解放される前、一人の女性がパーカーの男と何かを話していたそうだ」
「グルだったということですか?」
「そうではないらしい。だが、その女性はパーカーの男と顔見知りだったようで、男の名前を口にした。その名前がな......」
 益尾は真昌を見つめた。
「リュウセイという名だったそうだ」
 益尾が言う。
 真昌は双眸(そうぼう)を見開いた。
「まさか......竜星?」
「その宿泊施設にいた女性の何人かは見つかり、任意で事情を聞いているようだが、男と話していたという女性の行方もまだ見つかっていないので、真偽は不明だ。が、緊迫した状況を証言するにあたり、そのような作り話をするとは思えない」
「動きや強さを聞いただけでは、すぐに竜星が思い浮かびますね」
 真昌はグラスを握った。
「ワーホリの人材斡旋(あっせん)は、組織的犯罪ではないかと問題になっているのも事実。組対部に身を置く僕としては、見過ごせない案件でもある」
 益尾が言う。
「調べるんですか?」
「少し調べてみようと思う。疑念がある組織、もしくは業態を調べてみるというのも、組対部員の仕事だが、真昌、研修を受けてみる気はあるか?」
 益尾は真昌を直視した。
「もちろんです!」
 真昌が鼻息を荒くした。
「当面は、僕と二人で捜査を行なう。個人研修のようなものだが」
「竜星が関わっているかもしれないことを放っておけるわけがないでしょう」
「わかった。明日から、動くぞ」
「はい」
 真昌は首肯し、水割りをグイッと飲み干した。
「愛理と木乃花には内緒な。楢さんと紗由美さんにもまだ話さないでくれ。心配させたくないから」
「楢さんが知れば、動き出すかもしれないですもんね」
「それが一番心配だ」
 益尾が苦笑する。
「わかりました。事情がはっきりするまでは、誰にも言いません」
 真昌が口を一文字に結ぶ。
 益尾は笑みをこぼした。
「明日から忙しくなる。今日は命の洗濯をしておこう」
 そう言い、自分も水割りを飲み干し、真昌と自分のグラスに新しいウイスキーを注

新もぐら伝 ~狼~

Synopsisあらすじ

伝説のトラブルシューター「もぐら」影野竜司の血を引く竜星は、自らを見つめ直す旅に出た。

だがその後ふいに消息を絶ち、安否不明となっていた。

同じ頃、裏社会ではある噂が知られるようになる。

リュカントロプル(狼男)が違法売春組織を襲撃、

構成員を半殺しにし、女性を掠っていくという――。



最強のハードバイオレンス・アクション

新たなる「もぐら」伝説、ここに開幕!

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が120万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『死してなお』『紅い塔』『AIO民間刑務所』などがある。

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