伊藤比呂美 著
男が一人、老いて死んでいくのを看取るのは、本当によかった。夢に見た専業詩人の生活、ぽっかりとした自由。もんもんと考え、るると書く。カリフォルニアのキャニヨンを犬どもを従えひたすら歩く。料理や洗濯は、しないことにすぐ慣れた。山賊のように台所で立って食べた。卵ばっかり食べていた。ひとりの肩にのしかかるローンに光熱費、熊本地震、石牟礼道子さんのこと、末っ子の結婚、そして……日本に帰ろう。「みんなホルモンのせいでしたと、今は言い切りたい」――女のための戦記『閉経記』から五年。書くことで生き抜いてきた詩人の眼前に、今、広がる光景は。