小谷野敦 著
嘘いつわりが嫌いで、文士仲間から重症の正直病患者といわれ、世渡りが下手だった里見弴。明治・大正・昭和の文学界を悠然と歩み去った大作家初の本格的評伝。作品総覧、人物索引付よく、漱石や志賀直哉について、作品以前に人格を褒め称える人がいる。しかし私は、弴こそ、人格において褒め称えられる人だと思うに至った。何人もの女を愛したなどということは、弴の人格にとっての枝葉末節である。馬鹿正直というのが、弴の最も尊い人格である。弴の素行、書いたもの、いずれをとっても、徒党を組んだり、仲間のために嘘をついて作を褒めたり、卑怯な論陣を張ったりしたことはない。(本書「トンよ、トン――あとがき」より)