波乱万丈な頼子第三十六回
九章
36
「スマイル企画と大家さんが、グル?」
莉々子は、ぶるっと体を震わせた。どういうわけか、悪寒が走ったのだ。
視線を感じる。莉々子は、周囲を見回した。
が、藤村はおかまいなしに、続けた。
「僕の推理はこうです。スマイル企画とあの大家さんは、なにかしらのきっかけがあって、動画を作ることになる。ちょっとしたお小遣い稼ぎでしょうね。流行っているシニアのVLOGにいっちょ噛みして、金儲けを企んだ。そして、例のクラウドソーシング系のサイトで募ったシニアをあの部屋に呼び込んで、撮影したんではないかと。それが、初代頼子で――」
「っていうかさ」
いきなりそんな声が割り込んできて、莉々子はびくっと振り向いた。
そこには、見覚えのある顔があった。
「あ。二〇二号室にいた――」瀬山涼だ!
「あ、どうも、あの節はご迷惑かけました。服は大丈夫でしたか?」
瀬山が、軽く頭を下げる。続けて、
「っていうか、あんたたち、なに? なにを探っているの?」
「えっと――」
「湘南マリーナコーポで、あんたたち警官となんか喋ってたでしょう? で、あ、この人、前にもアパートにやってきて、おれのゲロの上で転んだなって、思い出して。それで気になって、後をつけてきたってわけ」
「......そうなんですか」
「で、あんたたち、なにを調べてんの?」
「ここでは詳しくは言えないんですが」藤村が神妙な面持ちで言った。「ある機関に頼まれて、秘密裏に調査しているんです」
「調査って、やっぱり、調査会社の人?」
藤村がこくりと頷く。
莉々子は、その様子を感心しながら眺めた。藤村、こいつ、こういう嘘がやたらと上手だ。
「なるほどね。その
アレ?
「そう、アレです」しかし、藤村はしれっと話を合わせた。
「やっぱりな。だから、おれ、いやだったんだよ、この仕事」
瀬山が、藤村の隣に座った。
「言っておくけど、おれ、なにもしてないからね? おれはただ、クラウドソーシング系のサイトの求人に応募しただけだからね? チラシ配りのバイトに。そしたら、あれよあれよと言う間に、あのアパートに住むことになってさ。おれだって、わけわかんないんだよ」
「あなたは、スマイル企画の従業員なのでは?」
「は?」
「これです」
藤村はスマートフォンを取り出すと、その画面を瀬山に向けた。画面には、スマイル企画の従業員の紹介ページが表示されていた。
「マジか。おれの顔写真じゃん!」
「心当たりは?」
「ないよ! この写真は確かにおれだけど。スマイル企画の従業員なんかじゃないよ! おれは、スマイル企画のチラシ配りの求人に応えただけだよ」
「なるほど。では、なんであなたは、あのアパートに住むことに?」
「なんかよくわからないんだけど。占有してくれって、スマイル企画の人に頼まれたんだ。そしたら、チラシ配りの時給の三倍出すっていうからさ。だから、俺、朝十時から夕方六時まで、あの部屋に通っていたんだよ」
「占有って?」
莉々子はたまらず、質問を挟んだ。
「いや、おれもよくはわからないよ。でも、住んでいる体(てい)にしてくれって」
え。それって、つまり――。
「で、ときどき、動画撮影の手伝いもしていたんだ。これも別途ギャラを出すからって」
「動画撮影?」
「そう。おれが住んでいることになっている部屋に、ときどき年配の女性がやってきたんだけど、その人が料理しているところを撮影してくれって。まあ、おれも動画には興味あったから、仕事を請けたんだ」
「じゃ、『波乱万丈な頼子』って、二〇一号室ではなくて、二〇二号室で撮っていたんだ」
莉々子が言うと、
「つかさ。なんなの、その『波乱万丈な頼子』って。前にも、変なおばさんが乗り込んできたことがあってさ。波乱万丈な頼子を知りませんか? ここで撮影してませんか? って」
「変なおばさん?」
「そう。みるからにヤバそうな女。白髪混じりの髪をだらりと垂らして、まさに、山姥みたいな女。そいつが何度も何度もやってくるものだから、怖くなって、おれ、あの部屋から逃げ出したんだよね。で、今日、久しぶりに行ったら、パトカーとかがたくさん停まっていてさ、マジでビビった」
「では、柏木光太郎という人はご存じですか? スマイル企画の従業員ってことになっている男性なんですが」
藤村が、スマートフォンの画面をタップした。
「うん?」瀬山が、画面を凝視する。
「ああ、この人。うん、この人は正真正銘、スマイル企画のスタッフだと思う。だって、この人の指示で、チラシ配ったり、二〇二号室に住んだふりしたり、動画の撮影を手伝ったりしていたから」
「今日、この人は死体となって発見されました。二○一号室で」
「マジか?!」瀬山が、大袈裟に、二の腕を掻き抱く。「なんだよ、それ。あの部屋、前にも死体が見つかったよな?」
「久能頼子さんという人です。『波乱万丈な頼子』に出ていた人です。あなたもご存じなのでは?」
「は?」
「ですから、あなたが撮影していた女性が、死体で見つかった久能頼子さんなんですよ」
「は?」瀬山が、混乱の極みというような表情をしてみせた。
「あなたは、撮影した動画が、どんな形で使われていたか、まったくご存じなかったんですか?」
瀬山が、うんうんと、大袈裟に頷く。そして、「撮影したデータは、柏木さんにそのまま渡していたから」
「なるほど」
「っていうかさ。どういうことなの? 俺、もしかして、殺人事件とかに巻き込まれちゃったの?」
「あるいは」
「まじかー!」
瀬山が、のけぞった。そして、「あれ?」と、しばらく天井を見つめた。
「どうしました?」
藤村が問うと、
「俺が撮影していたおばさんのこと、柏木さんは"お母さん"って呼んでたけど」
「うん?」
「そう、間違いない、お母さんって呼んでた。おばさんのほうも、"こうたろう"って。だから、たぶん、親子なんじゃないの? あ、そういえば」
「なんですか?」
「アパートの大家さんとも、なんだか親しげに話していたんだよ、あのおばさん。まるで夫婦のように。だから、おれ、てっきり夫婦なのかと」
夫婦?
「あ」
莉々子は、ノリカママの言葉を思い出した。あの大家には、隠し子がいるんじゃないかと。それは、柏木光太郎なんではないかと。
ただの妄想だと適当に聞き流していたが。
うん?
着信音だ。莉々子はスマートフォンを取り出した。画面に表示されているのは、知らない電話番号だ。......あれ? 末尾が0110だ。もしかして、警察?
なんで? なんで、警察から? いやだ。なんか、とてつもなく嫌な予感がする。
莉々子の心臓が大きく波打った。冷や汗で、手もびしょびしょだ。
「高幡さん、どうしました? 電話、出ないんですか?」
藤村に促されて、莉々子は恐る恐る、受話器のアイコンをタップした。
電話の相手は、案の定、警察だった。しかも、自宅の最寄りの警察署からだった。
『高幡莉々子さんの電話番号で間違いないですか?』
「はい。高幡莉々子ですが。......なんでしょうか?」
『高幡静子さんはご存じですか?』
「はい。私の母ですが......」
『さきほど、心肺停止が確認されました』
は? ......心肺停止って。つまり、死んだってこと?
え。嘘でしょう。
莉々子の全身から血の気が引く。
だって、さっき、ラインを送ったら、既読がついた。
だから、ママは生きているはず。
「なにかの間違いでは......」
莉々子はやっと言葉を絞り出した。
耳元で、警官がなにやらあーだこーだ言っている。でも、莉々子はそのほとんどを理解できなかった。
意識が完全にフリーズした。
Synopsisあらすじ
法律事務所で事務職をしている高幡莉々子は仕事の一環で見つけた、ある動画チャンネルに興味を抱く。「頼子」という70代の女が、困窮した生活状況や波乱万丈な人生を語る動画だ。投げ銭だけでも相当儲けているはずなのに、やらせじゃないの? ちょっとした好奇心から莉々子は次第に取り返しの付かない事態に巻き込まれていく・・・・・・。
Profile著者紹介
1964年、宮崎県生まれ。多摩芸術学園卒業。2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。他の著書に『坂の上の赤い屋根』『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』『ノストラダムス・エイジ』など多数。
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